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不倫相手と女装したのをきっかけに…新たな世界に目覚めた既婚男性を描く『クロス』

2020.7.4
山下紘加さんの『クロス』は、既婚者の〈私〉こと市村ゆうじが、同じビルで働く不倫相手の愛未(まなみ)とふざけて女装してみたのをきっかけに、自分の性のありようやアイデンティティに迷っていくさまを刻々と追う、衝撃作だ。ゆうじは、女装しているときは〈マナ〉と名乗っている。物語は、マナとバーで出会った恋人タケオとの濃厚なセックスシーンから始まる。
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「私自身が異性愛者なので、異性装者や同性愛者の心理を、感覚的にはわかる部分もあるけれど、本質から理解するのは難しいだろうなと。その『わからなさ』をむしろ大切にして書きたいと思いました」

LGBTQをモチーフにした小説は増えてきたし、その切り口に、作家の個性も垣間見える。本書では、自分を異性愛者だと思っていた既婚男性の揺れる気持ちがつぶさに拾われているところに瞠目する。

「女装趣味やゲイをカムアウトしている人たちのノンフィクション番組などを見ていると、自分の性自認や性的指向がはっきりしているんですよね。けれど、誰もがそこまで明確に自分の性別や性の対象を意識してないと感じていました。ならば、主人公が己の性に身も心も揺れていくさまを書くことで新しさが生まれるのではないかと思ったんです」

この作品のために取材もした。二丁目の女装クラブや、女装愛好者のためのSNS、女装パフォーマーとして活躍中のブルボンヌさんからのレクチャーなど。クリスチャン・ザイデル著『女装して、一年間暮らしてみました。』(サンマーク出版)には、強く影響を受けたそう。

「異性愛者で妻もいる彼が、女性の服を着て生活し、どんな心境の変化があったかをありのまま綴ったノンフィクションなんですが、ストッキングのような女性のアイテムを身につけただけで、心のありようが変わるのが興味深かったです。一方で、私自身も女装している人たちと話をしていると、女の子と普通にはしゃぐような気持ちになるのが不思議」

ゆうじの目を通して観察される、タケオや妻の典子、大学時代からの先輩・澤野らの反応に、共感も反発も新しい発見も生まれるだろう。

簡単には噛み合わない、性と自分らしさと幸福感。その深淵をのぞき込むような一冊だ。

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やました・ひろか 1994年、東京都生まれ。2015年、ユリカと名付けたラブドールへの恋慕に依存していく少年の、危うい心理を繊細に描いた「ドール」で文藝賞を受賞。同年デビュー。

『クロス』 警備会社で働く28歳の〈私〉はタケオと名乗る美しい男性と出会い、女装した姿でのセックスに溺れていく。〈私〉の思いの行方は。河出書房新社 1600円

※『anan』2020年7月8日号より。写真・土佐麻理子(山下さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)