廃墟ホテルにハント…「幽霊を見たい」と願う芥川賞作家の怪談コラム
一般に、幽霊や怪奇現象に対する気持ちは明白だ。「信じている/見たことがある」ゆえに怖い派か、「信じていない/見たことがない」ゆえに怖くない派か。しかし、藤野可織さんは信じていないし見たこともないのに怖がる。それでいて、一度くらいは見てみたいと願う。アンビバレンツを抱えている。
「子どもの頃は怪談を聞くとぎゃん泣きしたほどですし、いまも臆病で怖がり。なのに怖い話は好きなんです。ホラー映画やDVDも観ますし、キンドルで実話怪談も読みます」
怖いから近寄らないではなく、好奇心が勝つというのが微笑ましい。かくて藤野さんは、怪談話の連載を快諾。ネタ探しのために編集者からタクシー運転手にまで怖い話を知らないかと聞きまくり、廃墟ホテルなどに幽霊ハントに出かけていく。
「幽霊が出るというウワサがあるなしの前に、基本、家から出ないのでそういうところには行きません。逆に、誰かとご一緒させてもらうなら、喜んで出かけていきます。でも置き去りにされたり、こけたり踏み抜いて落ちるとかは怖いので、同行者の服をしっかり握っています(笑)」
実際に幽霊や怪異に出くわしたわけではないが、その影は感じる。なのに、不思議と怖くない。むしろ忌み嫌われがちな幽霊や怪異に対して、新しい光を当てている。そのひとつが『ジェーン・ドウの解剖』という映画を俎上に載せ、語っていく章だ。
「身元不明の若い女性の遺体を検死官父子が解剖し、彼女の死の謎を探るのですが、その父子が見舞われるオカルトな状況はホントに理不尽です。でも殺されたその女性だって、普通に生きていただけでああいう目に遭った。理不尽に何かを求められたり奪われるのは恐ろしいなと」
それを踏まえ、幽霊とは何かをこう考察しているのがすばらしい。
〈私たちは誰であれ今でも、上げられない声を抱えながら生きているから、それでこんなにも私たちは幽霊を追い求めるのだ〉
「私が幽霊を好きという以上に、世の中の人がより幽霊を好きなんだなということを感じましたね。いくら科学が進み、解明できる怪異が増えようが、これからも人々は求めていく。目に見えない存在も、排除できないこの世界の一部なんだろうなと思います」
『私は幽霊を見ない』 〈三島由紀夫の霊が出るといいなあ〉と願ったり、セント・ルイス第一墓地ツアーに参加したりする、藤野さんのおちゃめな幽霊蒐集。KADOKAWA 1500円
ふじの・かおり 1980年、京都府生まれ。作家。2006年、「いやしい鳥」で文學界新人賞を受賞。’13年、「爪と目」で芥川賞受賞。他の著作に「おはなしして子ちゃん」(フラウ文芸大賞受賞)など。
※『anan』2019年10月9日号より。写真・土佐麻理子(藤野さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)