小日向文世「息子がソファでうたた寝してたりすると、そっと毛布をかけてあげたりしています」

小日向文世さんといえば柔和な笑顔のイメージ。しかし、その笑顔の下に狂気を孕んだ役を演じた時の迫力や恐ろしさといったら…。普段の小日向さんとは一体どんな人?


飄々とした雰囲気でスタジオに現れた、小日向文世さん。温かくて穏やかな中にも、シニカルさと愉快さを感じさせるその人は──。

── 三谷幸喜さん作・演出の『アメリカン・ドリーム』は、約2年半ぶりの舞台だそうですね。

その前に6本くらい舞台が続いたのもあって、しばらく舞台をお休みさせてもらっていたんです。というのも、劇団を離れてから舞台が妙に緊張するようになってしまって。ただ、やらずにいるとできなくなっちゃう気もして。

── 背中を押されたのは、三谷幸喜作品だからですか?

三谷さんとは’14年の『国民の映画』の再演以来、12年ぶりになるのかな。久しぶりに声をかけていただいたので、ここでやらなきゃなと思ったんです。

── 三谷作品にはこれまでも何度か出演されていますが、「やらなきゃ」と思う理由とは?

’00年の『オケピ!』が最初で、その後、舞台にも映画にも何作か呼んでいただいていますし、『オケピ!』がきっかけでドラマ『HERO』の出演が決まったりもして。いま僕が映像に呼んでいただけているのも、三谷さんから始まっている部分があるわけです。しかも’11年初演の『国民の映画』では、読売演劇大賞最優秀男優賞までいただきましたしね。じつは当時、僕が冗談半分で「一緒の舞台に出てたのに、なんで浅野(和之)ばっかり賞を獲るんだよ」って愚痴ってたんです。そしたら三谷さんが「この作品でコヒさんに賞を獲らせますから」って言って、本当にそうなりましたし。

── 『国民の映画』は、第二次世界大戦下のドイツを舞台に、芸術家の誇りと国家権力との間で揺れる映画人たちを描いた作品で、映画をプロパガンダに利用しようとするゲッベルス役でした。今回の『アメリカン・ドリーム』は、マッカーシズムが台頭し、言論統制がおこなわれる中でのアメリカの映画人たちを描いた作品です。

第二次世界大戦後、アメリカで共産主義を排除する政策がとられるんです。そこで尋問を受ける映画人たちと、彼らを追及していく側との攻防を描いた会話劇なんですが、今回の僕の役は、権力に対抗しようとする脚本家です。三谷さんから「コヒさんは、いい人の役でいいですか?」と聞かれました(笑)。でもさすがの三谷さんで、どのキャラクターも粒立って描かれていて、とても面白いですよ。

── ご自身としては、どっちがいいというのはありました?

僕は役が興味深く描かれていれば、全然どちらでもいいです。ただ、『国民の映画』の時は台本がラストまで上がったのが初日の2週間前だったのに、後半にゲッベルスの演説のシーンが多かったから、セリフを入れるのにものすごく苦労したんです。それで賞をいただいたわけですけれど、初日の幕が開かなければいいのにって何度も思ったくらい。そんなことを考えるなんて、自分は負けてるなって思ったけれど、それくらい余裕がなかったです。今回は、僕が最後に尋問を受ける役なので、みなさんより少し稽古の始まりが遅いからちょっと楽かな(笑)。

── これまでのキャリアの中で、そんなふうに追い詰められた経験って他にもあるんでしょうか?

30年以上前だけど、シアターコクーンで『ハムレット』をやったんですが、ゲネプロを見た所属劇団の看板女優(吉田日出子さん)から褒められて、ホッとしてたんですが、そこから2〜3日経った頃かな。出番の直前に当時の制作の方が耳元で「劇評家たちが来てるよ」って言ったんです。その瞬間に唾液が止まって、緊張で口の中がカラッカラになっちゃって。劇評家に観られているなっていう恐怖心たるや…。その日の劇評はケチョンケチョンでした(苦笑)。でも、『国民の映画』の時の恐怖のほうがもっと凄まじかったです。演説の途中でセリフが出てこなくなって、舞台の中央で土下座する想像とかしちゃうくらい。そんなことになったら、もう二度と俳優はできないなと思い詰めてました。

── 劇評家のプレッシャーって、そんなにすごいんですね。

劇団にいた頃は、そんなこと思わなかったんですけど、たぶん、劇団が解散して一匹狼になったからなんだと思います。うまく演じたいとか、恥をかきたくないとか思って、自分に自分でプレッシャーをかけちゃうんでしょうね。

── 年々舞台が怖くなるって話していらしたのもそれですか?

だと思います。完璧にやりたいんでしょうね。セリフも噛みたくないし。映像だと、噛んでも「もう一回お願いします」って言えるじゃないですか。それが僕にはありがたいです。

人間は基本的に面白おかしい生き物だと思う

── 小日向さんというと、役の振り幅がとても大きい印象です。

そう言われることもありますが、まあ見た目が小柄だし、強面じゃないし、それが悪役をやるっていう意外性が面白かったんじゃないかなぁ。北野武さんの映画『アウトレイジ』なんて、笑顔で冷酷なことを平気でやっちゃう怖さみたいなものがあったんだろうなと思います。

── ご自身の中で、役を引き受けるにあたっての基準のようなものはあったりされますか?

基本的に、この役を僕にやってほしいって声をかけてくださるわけで、そう言われたらなかなか断れないですよ。ただ、どうしても好きになれない役…生理的に嫌悪する役は、演じられないなってお断りすることもあります。あと、台本をいただいた時に、ありえないセリフ量があったら無理ですね(笑)。翻訳劇って多いんですよね。日本人はこんなにいっぱい喋らないからって思います(笑)。

── 興味が惹かれるのは、どんな作品や役ですか?

人間の弱さとか強さとか、いろんな面が見え隠れする役は面白いですよね。人間って本来、みっともない部分も弱い部分も持っていて、みんなそれを隠して生きているじゃないですか。そこが明確に描かれていない役だったとしても、僕は、どこか道化的な要素があるはずだって探してしまいます。劇団を主宰していた串田(和美)さんが、人間は基本的に面白おかしい生き物であるということを描いてきた方だから、自然とそういう視点を持つよう身についたのかもしれません。

── 今、お芝居をしていて楽しいなと思うのはどんな時ですか?

お客さんがしっかりと受け止めてくれて、届いているなって実感できた時は嬉しいですよね。役者たちが集中して芝居しているところにお客さんは感動してくれるわけで。だから『国民の映画』とか、いい出合いをさせてもらったなって思うんですよ。

── 初演は辛かったですけれど。

それでも、やり切ったら反響がよくて賞までいただけたし。再演の時には、すでにセリフが染み込んだ状態で舞台に立てたから、やっぱり気持ちよかったですし。

家が大好きなので仕事終わりはすぐ帰ります

── もともとデザイナーを目指して上京されたそうですが、俳優になろうと思われたのは?

22歳の時に、突然俳優をやりたいと思い立ちました。その頃は舞台なんて観たことがなくて、俳優といったら映画やテレビのイメージ。そのためにまずは養成所で勉強しようと文学座を受けたんですが落っこちて、翌年オンシアター自由劇場に入りました。ただ、入った当初は役もつかずに裏方ばかりやらされるし、若いうちに辞めて映像の世界にいかなくちゃって思っていました。でも途中から芝居が面白くなってしまって。

── 何がきっかけでした?

串田さんと吉田(日出子)さんの作る世界が面白かったんでしょうね。そうなってからは、映像よりも舞台が一番ってなってました。結果的に19年在籍しましたから。

── それこそ『HERO』に出演するまでは、苦労もあったそうですね。現在、息子さん(小日向星一さん、小日向春平さん)がおふたりとも俳優になったことに対してはどう思われていますか?

自分だって、やりたくてこの世界に入ったわけで、紆余曲折はあったけれど無我夢中で30代、40代を過ごしてきたんだから、息子たちも、やりたいことをやればいいと思っています。僕は、劇団が解散した当時、全然貯金もなかったし食えなかったけれど、それでもいいならやればって。自分なんて、世間に認知されるようになったの、47歳の頃ですからね。

── 息子さんに先輩としてアドバイスされたりもするんですか?

一応ね、観に行ったら、結構言っちゃいます。こうやったほうがいいんじゃないかとか、こうしたほうが面白いとか。ひどい時は「ひどい」って言いますし。

── 仕事が終わると、演劇人らしからず、速攻で家に帰るそうですが、親子仲もいいんでしょうか?

家が大好きなんですね。子供たちが家を出てひとり暮らしをするって言った時は、すごく寂しかったですから。妻は彼らに、早く独り立ちするように言ってたみたいなんですが、僕は、まだいればいいのにって思っていたくらい。だから今、たまに実家に帰ってくると嬉しくて。息子がソファでうたた寝してたりすると、そっと毛布をかけてあげたりしています。

── 家では何を?

趣味といえば、観葉植物とメダカくらいしかないんです。あとはYouTubeを見ています。

── どんなものをご覧に?

よく見ているのは、『ノルウェーズ・ゴット・タレント』シリーズで優勝したアンジェリーナ・ジョーダンです。最近では、アンジェリーナ・ジョーダンにハマった人たちの動画も見てるくらい。英語で喋っているから何を言ってるかはわからないけれど、彼女の歌に感動している様子を見るとまるで自分の娘が褒められているみたいで嬉しくて。セリフを入れる前にちょっとだけって思って、気づいたら1時間も2時間も見ちゃってることも。セリフを入れなくていい時は、お風呂上がりにお酒をちょびちょびやりながら見るのが最高の幸せです。

Profile

小日向文世

こひなた・ふみよ 1954年1月23日生まれ、北海道出身。串田和美が主宰する劇団「オンシアター自由劇場」の中核的存在として活躍。'96年の解散後は、舞台のみならず、ドラマ『HERO』など多数の映像作品に出演。近作に、映画『お終 活3 幸春!人生メモリーズ』、連続テレビ小説『ばけばけ』、ドラマ『リボーン ~最後のヒーロー~』などがある。

information

小日向さんが出演する舞台『アメリカン・ドリーム』は、9月13日(日)まで渋谷・PARCO劇場にて上演中。その後、京都、北海道、岡山、大阪、愛知、福岡公演あり。1940年代後半、アメリカで起きた反共産主義に基づく赤狩り。ハリウッドの映画人たちも尋問を受けることになる。作・演出/三谷幸喜 出演/小日向文世、浅野和之、山崎一、浅野雅博、関谷春子、中川大志

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ジャケット ¥61,600 パンツ ¥39,600(共にmando m-takasu@mando.co.jp) ニット ¥36,300 スカーフ ¥38,500(共にHEUGN/IDEAS TEL. 03-6869-4279) シューズ ¥48,400(YOAK/HEMT PR TEL. 03-6721-0882)

写真・内田紘倫(The VOICE) スタイリスト・石橋修一 ヘア&メイク・河村陽子 インタビュー、文・望月リサ

anan 2508号(2026年8月19日発売)より
Check!

No.2508掲載

睡眠の技術。

2026年08月19日発売

健やかで気持ちの良い眠りを手に入れるためのテクニックを、生活習慣、寝室環境、食事、姿勢などあらゆる角度から紹介します。灼熱の暑さの中、寝苦しい夜を過ごす方々が必読の内容です。

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