問いを大事に、他者との対話から真理を見出す、哲学者の永井玲衣さん、重いことは重いものとして考えられるように聞く、精神病理学者の松本卓也さんと一緒に考える、こころのもやもやを晴らす思考のレッスン。
Index
対話や心のケアで見る、悩みへのアプローチ

「全国の様々な場所で、聞き合い、考え合う場として哲学対話を作る活動をしています。哲学対話は人々のモヤモヤや違和感、つまずき──それを私は“問い”と呼んでいるのですが──を聞き合い、ゆっくりと考える時間なんです」と話すのは哲学者の永井玲衣さん。考えることや悩むことは一人でやるものと捉えられがちだが、一人でいると思い詰めてしまうことが多いと言う。
「現代社会ではセルフケアや自助など個人主義的な考え方が効率性などの観点から重んじられる傾向もありますが、その考えを強めると視野が狭くなってしまう恐れも。悩むことは、すでにいる他者とどう生き直していくかということでもあるので、そこに対話を重ねていく意味があると思っています」
一方、サルトルの「地獄とは他者である」という言葉を引用して他者との関係を見つめるのは精神病理学者の松本卓也さん。
「他者との関係を地獄と捉えることも大事ですが、地獄から抜け出すために必要なのも、やはり他者の存在です。他者に話すことで、一人で考えただけでは見えない、自分の未知なる部分が見えてくるからです」
関係性を把握するのもまた、悩みと向き合う際の助けに。
「他者を、神や親といった“垂直的な他者”と、同僚や友人など“水平的な他者”に分けて、空間的に把握することで、悩みを整理できるかもしれません」
Profile
対話する哲学者・永井玲衣
ながい・れい 人々と考え合い、聞き合う対話の場を年間300回ほど開いている。戦争について表現を通して対話する写真家・八木咲さんとのユニット「せんそうってプロジェクト」などでも活動。著書に『これがそうなのか』(集英社)など。
悩みを肯定する精神病理学者・松本卓也
まつもと・たくや 京都大学大学院人間・環境学研究科総合人間学部准教授。ドイツ、フランスの精神病理学を基盤に、精神分析を研究する精神科医。著書に『斜め論』(筑摩書房)、『ジャック・ラカン フロイトへの回帰』(岩波新書)など。
Q. いい人でいたいし明るくしなきゃと思うのにできない自分に嫌気が

A. いい人とは? 明るければいい人なのでしょうか
みんなに慕われるいい人でいたいのに、実際の自分はかけ離れている。さらに「暗いよね」と言われることもあり、落ち込んでしまう…。そんな悩みに対し、「いい人って、何でしょう?」と永井さんは問いかける。一般的に「あの人、いい人だよね」と言う時、それは人格的な善さを指しているのではなく、コミュニティにとって扱いやすかったり、印象が心地よかったりする場合が多いからだ。
「ある哲学対話で『いい人って、結局は都合がいい人なんじゃないのか』という問いが出たことがありました。その時、職場で意見をはっきり言うため“悪い人”と思われがちという参加者が、『私はこのままでいいんだ』とつぶやいたのです。普段なにげなく使っている“いい人”という言葉を自分なりに分解し、それに本当になりたいのか問い直してみる。まずはその作業から始めてみると、発見があると思います」
また、「暗いよね」という言葉には、場のテンションに合わせることを強いるような圧力を感じる、とも。
「明るさはしばしばテンションの高さと同一視され、協調性の高い人がいい人とされやすいです。でもそれは、その場にとって都合のいい振る舞いが評価されているという見方もできます。同じ人でも、所属するコミュニティや相手によって、いい人と受け取られたり、少し苦手な人と見られたりすることがありますよね。つまり、人の印象はその場によって大きく左右されるということ。そんな視点を持っておくことが、自分や他者を一面的に捉えないためにも必要です」
- “いい人”はコミュニティごとに違う。
- 「明るい=いい人」では必ずしもない。
- 自分や他者を一面的に捉えない。
Q. 自分に価値がないと思うと、朝から悲しい気持ちに

A. 自分の中の“大事な何か”に気づき、ひるんでいるサイン
そもそも自分に対するモヤモヤには、大切なメッセージが含まれているという。
「近年は、モヤモヤした時の対処法として、『自己肯定感を高めよう』『執着を捨てましょう』と言われることがよくあります。その言葉に背中を押される人ももちろんいますが、そう言われてもなかなかできないからこそ困っているのではないでしょうか。しかし、自分の中にあるモヤモヤは、必ずしも悪いものではありません。無理に手放さず、むしろ大事なものと捉えること。一見、不要と思われる苦しみが、何のために機能しているのかと考えてみるのです」(松本さん)
それは、風邪をひいた時にウイルスを退治するために熱や咳が出る、といった反応と似ているという。
「例えば自分に価値がない、やる気がないと感じる状態にあるとします。精神分析家のジャック・ラカンは、こうした様子を“道徳的な臆病さ”と呼んでいます。“臆病”とは、自分にとって未知なる大事な何かを見つけ、それを前にひるんでいるサイン。そして、自分の人生を前進させるためには、その大事な何かと向き合い、進んでいかなければいけない“道徳的”な要請があるという意味です」
では、どうすれば“大事な何か”に気づくことができるのだろう。
「自分一人で考えると、固定された思考に陥りがち。大事な何かは、他者と対話をするうちに、クリアになります。相手はプロのカウンセラーが適任ですが、まずは大事な何かの輪郭を、おぼろげながら掴んでいることを知るだけでも、少し気持ちがラクになるはずです」
- モヤモヤすることは決して悪いことではない。
- ふさぎ込んでいる状態は、“道徳的な臆病さ”。
- 他者と対話をすることで、“大事な何か”が明白に。
anan 2481号(2026年1月28日発売)より




















