夜の闇に咲く梅の花、その粋な見立て
とらやの小倉ようかん「夜の梅」は、どっしりと重厚だ。触れればしっとりしていて、口に運べばなめらかで、こんな女になれればいいな、なんて思いもする。あるとき入ったバーでは、おつまみとしてようかんが用意されていた。ウイスキーととてもよく馴染むのだなあ、そして、バー、という色気のある空間にやっぱりようかんは似合っていた。
そもそも、その名付けが粋。耳にしただけで、闇に密やかに、甘い香りが漂う情景が浮かぶ。由来を知れば、なお惹かれる。ようかんを切り分けると断面に見えてくる小豆の粒を、闇夜に咲く梅の花になぞらえて付けられた菓銘なのだ。その切り口は、決して派手ではない。だからこそ、そのイマジネーションに感じ入る。300年以上前から、とらやでは、この菓銘を付けたお菓子がつくられていたという。ただ、当時の味やかたちは分からない。江戸後期からは今のように煉りようかんとしてこしらえられていたと、記録されているそうだ。
材料は、小豆、砂糖、寒天のみ。たった3つのシンプルな原材料で夜の梅は完成する。足せば、夜の梅とはまた別物になってしまう。
和菓子職人としてとらやに40年以上勤める、大西好一さんはこう言う。
「定番のようかんの製法と原材料は、ほぼ確立されています」
だからといって、その伝統に頼りっきりではいけなくて、さらなるおいしさの追求のため、できるかぎりの工夫をする。それが老舗で働く人たちならではの矜持だ。
静岡は御殿場にある工場を訪ねたとき、とらやのあんこに使われている、北海道産のエリモショウズという小豆を見せてもらった。
「色味が良い。粒が揃っている。煮えむらも少ない」。大西さんはそう言う。夜の梅をこしらえるには、小豆を煮るところから3日かかる。1日目、小豆を煮てようかん専用のあんこをつくる。2日目は、あんこに煮溶かした寒天と砂糖を加え、煉り、そこに、このようかんの個性を形づくる「梅の花」となる蜜漬けの小豆を加えて、煉り上げる。そして、3日目にかけて、ようかんを固めていく。
とらやのようかんには、4種類のサイズがある。一本1kg以上の重さで、昔はこのサイズがスタンダードだったという「大形羊羹」。伝統を引き継ぐパッケージの「竹皮包羊羹」、その1/2の「中形羊羹」。今、いちばん人気があるのは、一本50gの「小形羊羹」だそうだ。そういえば私が誰かにあげたりもらったりするのはたいてい小形羊羹、と振り返り、納得する。
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