ライター・瀧井朝世が語る「辻村深月作品の王道5作」

本誌をはじめ、様々な媒体で作家インタビューを担当するライター・瀧井朝世が選んだ「辻村深月の王道5作」は?

※ 辻村さんの「辻」は、二点しんにょうが正式です。


「王道」という表現には複数の意味があるが、ここでは「辻村作品のなかからジャンル別に、誰にでも自信を持ってお薦めできる5作品」をセレクトしてみた。

『かがみの孤城』上・下各858円/ポプラ文庫

『ツナグ』880円『ツナグ想い人の心得』 825円/新潮文庫

まず、ファンタジーとして一押しなのは、やはり本屋大賞受賞作『かがみの孤城』。学校へ通えなくなった中学生のこころが、ある日部屋の鏡を通って孤城へ迷い込み、そこで出会った似た境遇の中学生たちと共に謎に挑む物語。異世界に行ったきりではなく、孤城と現実世界を行き来するのが大きな特徴。両世界での人間関係と、こころの繊細な心模様が丁寧に描かれていく。個々人の事情や、そこから育まれる友情、さらには意外すぎる孤城の真実に号泣必至。さまざまな仕掛けが用意されているが、驚くことに、辻村さんはなにひとつ真相を決めずに本作を書き始めたのだとか。あの緻密な構成と心を打つ、打ちまくる真相は、書きながら思いついたというのだから絶句するしかない(ファンタジー要素のある作品では他に『ツナグ』シリーズも捨てがたい)。

『スロウハイツの神様』上・下上巻836円 下巻990円/講談社文庫

群像劇で挙げるなら、『スロウハイツの神様』を挙げたい。クリエイターを目指す若者たちが暮らす「スロウハイツ」の物語だ。人気脚本家の赤羽環がオーナーを務めるこのシェアハウスに暮らすのは、とある事件で断筆し、のちに復活を遂げた作家、チヨダ・コーキや、児童漫画家を目指す狩野壮太、映画監督志望の長野正義、自称作家の加々美莉々亜たち。彼ら個々人の葛藤や、ハイツに舞い込む謎をじっくり描きながらも、後半に大きな感動が。終盤は号泣しながらページをめくったのも良い思い出だ。赤羽環やチヨダ・コーキはその後の辻村作品にちょくちょく顔を出すので、そういう意味でも押さえておきたい作品。

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』 1012円/講談社文庫

地方都市小説、というジャンル名称が一般的にあるわけではないが、そこから選ぶなら『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』を。辻村作品には現代の地域格差や経済格差、男女格差、さらには難しい親子関係を描いた作品も多いが、それらのエッセンスを詰め込んだ初期の一作である。27歳の雑誌ライター、神宮司みずほは、幼なじみだった望月チエミが母親を刺し殺して逃走したと知る。仲が良かった母娘に何があったのか。みずほは捨てたつもりの故郷に戻り、チエミの行方を追い始める。直木賞候補にもなり、読者を一気に増やした作品ともいえる。

『傲慢と善良』 891円/朝日文庫

恋愛(婚活)小説からは『傲慢と善良』を。こちらはインタビュー記事でご本人も触れているが、文庫化して爆裂なヒットとなった一作。結婚願望のある恋人・アユをさんざん待たせた挙げ句に別れた架。2年後、30代後半になった彼はアユのことを引きずりつつ、マッチングアプリで出会った真実と交際を始める。が、真実はストーカーの存在に怯え始めてほどなく失踪。手掛かりを求めて架は真実の故郷、群馬に向かう。婚活という場における、「選ぶ」側、「選ばれる」側それぞれの傲慢さと善良さをあぶり出し、結婚に関心のある現代人の心にこれでもかというくらい矢を放ってくる作品。もはや婚活のサブテキストだ。

もちろん、「自分にとっての辻村作品の王道ラインナップは全然違う」と思う人もいるはず。そもそも、私も最初は「5作には絞れません」と編集部に伝えたのだった。あなたにとっての「辻村深月の王道5作」は何になりますか?

Profile

瀧井朝世

たきい・あさよ ライター。本誌や「WEB本の雑誌」の「作家の読書道」等で作家インタビューを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『ほんのよもやま話』、編集に「恋の絵本」シリーズ等。

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写真・ 中島慶子 文・瀧井朝世


anan 2500号(2026年6月17日発売)より
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No.2500掲載

王道エンタメの矜持

2026年06月17日発売

55年間ときめきを追いかけ続けてきたananがこのメモリアルな号で特集するのは“王道エンタメ”。市川團十郎さん、反町隆史さん、辻村深月さんなど、それぞれの世界で王道を歩んで来られた方々のインタビューを通して、各ジャンルにとっての王道とは何かを探ります。

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