
社会派、恋愛、ファンタジー、ホラー、そしてもちろんミステリーとさまざまなジャンルを書き、かつ、そのどれもが抜群に面白い作家の辻村深月さん。なぜ毎回こんなに夢中になってしまう作品を生み出せるのか。ロングインタビューで探ります。
※ 辻村さんの「辻」は、二点しんにょうが正式です。
2004年に作家デビュー、以降絶大な人気を博し、さまざまな文学賞を受賞。さらに2024年からは直木賞選考委員を務める辻村深月さん。まさにエンタメ作家の王道を驀進している印象だが、ご本人の感覚は少し違うようだ。
「デビューした時は、自分が書いているものは傍流なんだという意識がありました。ミステリー小説としても自分は本家ではなく分家だと思っているところがあるんです。デビューして22年経って、今回刊行した『ファイア・ドーム』でようやく本家と名乗れるかもしれない、という気持ちでいます」
と言うから意外だ。
もともと傍流や分家といった表現に、悪いイメージを持っていたわけではない。
「10代の頃、読者として、私が好きな小説は大人に推奨されていないから傍流なんだろうと思っていました。でもそれってその分、 “私だけがこの作品の良さを分かっている”と思えていたということ。大人の薦める価値観の外側に自分で見つけたというささやかな矜持があり、そうしたものに支えられて生きてきた感覚があります。でも、いま考えると、そうやって大事に思ってきた本の中にはそういう思いを持つ人たちの数が積み重なった結果、ロングセラーになっている作品も多い。王道や本流の中身って、実は個別の傍流への愛でできているのかも」
作家デビュー後は、自分に対して読者がそう思ってくれていると実感することが度々あった。
「サイン会に来てくれた読者の方が、 “マイナーだけど大好きです”と言ってくれて、すごく幸せを感じたんです。 “きっと私しか分からない”と思ってもらえるほど深く共感して自分の話として読んでくれているんだと実感できました」
傍流であっても支持してくれる人は熱烈に支持してくれている。それが嬉しい。そんな感覚が、やがて変化を迎える。
「自分が傍流だと思っていた感性が、もしかして本流でも通用してる? と感じられることが多くなっていったんです」
たとえば、2019年に刊行した『傲慢と善良』。現代人の婚活における傲慢さと善良さを、手厳しく浮き彫りにした一作で、文庫化して大ヒット、映画化もされた。この反響は辻村さんにとっても予想外だった。
「あんなに広く読まれるとは思わなかったんです。たとえば、カレーライスって、嫌いだという人はあまりいないですよね。私が書いたものでいうと、本屋大賞をいただいた『かがみの孤城』がカレーライスだとすると、『傲慢と善良』はパクチーソーダくらい読み味が個性的だと思っていました(笑)。万人受けはしないけれど、好きな人はそれを売っているお店にわざわざ足を運ぶし、リピートする。そういう感性を描くことこそ、小説家の務めだと思っているところもあったのですが、結果的に多くの人が読んでくれているのを見て、これはパクチーソーダじゃなくて実はコーラだったのかな、みたいな驚きがありました(笑)」
単行本で発表してから3年後のヒットだったということは、辻村さんが時代を先取りしていたともいえる。
「自分がその時に感じたことを、常に書いて残しておくことは大事だなと思いました」
それでいうなら、初期に書いた『凍りのくじら』も、時間を経てロングセラーとなった青春小説。
「今でこそ長く読み続けられていますが、当初は主人公の理帆子の性格がキツすぎるといって、反感を買うことも多かったんです。その一方で、当時から “理帆子は自分だと思った” “ようやく自分たちの世代の気持ちを書く作家が現れた”という感想を言ってくれる方たちもいました。そういう人たちがいたから私は書き続けてこられたし、今も『凍りのくじら』は読まれている。すごく幸福な状態だと思います。その時は王道とは呼ばれない作品が、いずれ王道となるかもしれない。それがたぶん、物語や本というものの良さでありすごさだなと思っています」
傍流だろうと分家だろうと、自分が信じたものを書き続ける。多くの読者を獲得し続けているのは、そうしたブレなさがあるから。
ただし、王道をひとりで切り開いてきたつもりはない。
「私自身、王道と呼ばれるミステリーの傑作をたくさん読んできました。それらの書き手の方たちへの憧れがあったからこそ、挑めたことがたくさんあります」
では、辻村さんが思う王道のミステリーの書き手とは誰か。
「宮部みゆきさんはその筆頭のおひとりです。私の新刊『ファイア・ドーム』は、現代の刑事事件ミステリーに挑戦した小説ですが、宮部さんの小説を読んでいなければ、この形になっていないだろうと思います。宮部さんのミステリーは、本を閉じた後で毎回、現実社会の見え方が変わるんです。たとえば『名もなき毒』という作品では、今の社会における毒というもののあらゆる側面が徹底的に描かれ、読み終えた後にそれについての自分の思いが問われたような感覚になる。私の『ファイア・ドーム』は〈噂〉をテーマにした小説ですが、読み終えた読者が傍らの現実にある〈噂〉というものについての見え方が変わる経験をしてくれたら嬉しいです」
『ファイア・ドーム』は過去の誘拐殺人事件と現代の少年失踪事件が絡み合う、まさに社会派ミステリーの王道といえる作品だ。
「私はこれまで、小説の中で殺人のような刑事事件が起きても、それによる個人的な影響を書くことが多かったんです。ここまで事件の社会的な反響について書いたのは、これが初めてでした。宮部さんは、そうした小説をたくさん書かれていますよね。刑事事件を扱う姿勢や、ひとつのテーマととことん向き合う世界観の作り方は、宮部さんのミステリーから学んだところが大きいです」
作品だけでなく、ご本人から直接いただいた言葉も、辻村さんの中に強烈に残っているという。
「『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』が賞の候補になった時、宮部みゆきさんが選評で〈『物書きはなぜ他人の不幸を書くのか』という作者にとっても切実な問題を、最後まで書ききった〉と書いてくださっていて。それを読んだ時、事件とは誰かの不幸であり、それを書く覚悟が小説家には必要だと初めて気づいたんです。これまで無意識にやっていたことを今後は自覚的に視野を広げて書く必要があるのだと。新刊でも、今の自分が刑事事件を書く意味がどこにあるのかはすごく考えました。帯に〈人はなぜ、大きな事件に魅了されてしまうのか〉とありますが、その疑問に正面から向き合って、自分なりの結論を出せたと考えています」
まさに新境地といえる作品。ただし、これまでの作品に通じる部分もある。
「私の小説は、初期の頃は特に怒りの感情から出発しているものが多いんです。昔の本を読んで、当時の自分のあまりの怒りの激しさに引いてしまうことも(笑)。でも、その苛烈さや熱量を受け取ってくれる人がいたから、私も読者を信じ、自分の感性に従って書いてこられました。『ファイア・ドーム』にも、そうした怒りが表れていると思います。今、もしも私の小説が王道だと言っていただけるとしたら、そこまで連れていってくれたのは、私の小説に書かれている感性が自分の感性だと言って支持してくれた読者の方たちです」
Profile
辻村深月
つじむら・みづき 2004年、『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞してデビュー。'11年、『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、'12年、『鍵のない夢を見る』で直木賞、'18年『かがみの孤城』で本屋大賞受賞。
information

『ファイア・ドーム』上・下
とある地方都市。25年前、受付嬢誘拐殺人事件を機に舞い上がった〈噂〉という炎は、多くの人を傷つけた。そして今、新たな事件が発生し…。各2090円/小学館
anan 2500号(2026年6月17日発売)より






























