
歌舞伎、しかも古典と聞くと、なんだか難しそうだけど、思えば江戸時代から令和の今まで、庶民の芸能としてあり続けてきた古典歌舞伎には、きっとビギナーでも楽しめるポイントがあるはず。團十郎さん曰く「歌舞伎は“推し活”の原点」とのこと。俄然、興味が出てきました!
伝統の継承と革新で、400年続く舞台芸術に
昨年からの映画『国宝』の大ヒットもあり、歌舞伎に注目が集まっている。ひと口に歌舞伎といっても、江戸時代に作られた演目を今に受け継ぐ “古典歌舞伎”と、歌舞伎の様式を取り入れながら新たに創作された “新作歌舞伎”があり、伝統を守りながらも革新を重ね現代に息づいている。これまで、世間的には新作歌舞伎が話題に上ることが多かったが、映画の影響もあり、歌舞伎らしい歌舞伎に興味をもつ人が増え、古典への注目度が高まっている。とはいえ、初心者にはハードルが高く難しく感じるのも事実。その魅力を市川團十郎さんに伺いました。
400年以上前に誕生し、現代まで続く歌舞伎。数ある日本の伝統芸能の中でも、新たな挑戦を重ねながら今に息づいている。
「今でいう “推し活”の原点って歌舞伎じゃないかと思うんです。もともと能は、武家や公家の文化で、一方歌舞伎は、庶民が楽しむ芸能として発展したもの。当時評判になった人気役者の浮世絵は、今でいうアイドルの写真みたいなものだろうし。基本的に、日本人の持っているアイデンティティや考え方を凝縮して文化にし、それを昇華させた芸能のひとつが歌舞伎だと思うんです。独特なセリフ回しや音楽に乗せて語られる言葉がわからなくても、じつは感覚的に “なんとなくわかる”と感じられる部分は多いと思います」
そう話してくれたのは、十三代目市川團十郎白猿さん。
「演劇も映画もドラマも、ストーリーの始めから終わりまで描かれることが多いですが、歌舞伎は物語の途中の人気がある場面だけを上演したりするんです。何の説明もなく物語が唐突に始まったり、完結しないまま終わったりするのだから、なかなか稀有です。それでも役者の芸の力で成立するのが面白いところでもあります」
その團十郎さんが7月に歌舞伎座で上演するのが、通称「め組の喧嘩」と呼ばれる「神明恵和合取組」と舞踊劇「春興鏡獅子」。
「『め組の喧嘩』で演じる辰五郎は、江戸の粋を形にしたような役で、それを演じられるのはありがたいし、自分としても勉強になる役です。『春興鏡獅子』は、今年のお正月に新橋演舞場で踊っているので一度はお断りしたのですが、『(長女の市川)ぼたんさんが歌舞伎座に立てますよ』と言われまして(笑)。この演目は九代目團十郎が、今の形に作り変えたのですが、当時、胡蝶の役で九代目の娘ふたりが出演しています。当時の時代背景を考慮すると、娘たちの先の活躍を考えてこの形にした気がして、私は歌舞伎の未来を描いた舞踊劇だと思っています」
近年、團十郎さんを筆頭に、古典の重要性を説く歌舞伎俳優が増えている。やはり歌舞伎の王道といえば古典だが、その魅力や重要性について伺いたい。
「私は、古典歌舞伎がじつは一番新しいと感じています。グローバル化が進む中、日本独自の文化に注目が集まるように、歌舞伎というものをどんどん掘っていくと、その奥底にある古典の中に新しいエッセンスがあって、それが一番濃厚で味わい深かったりするんです。ストーリー性や高いエンターテインメント性で魅せる新作歌舞伎では、その熟成された薫りや深みを醸し出すのは難しかったりする。でも古典歌舞伎からは、時間とともに発酵していった、何ともいえない色気や味わいのようなものが滲み出るんです。そういう古典のエッセンスを抽出したものを、現代を生きる役者から味わえた時が、一番新鮮で新しいんじゃないかな」
團十郎さんといえば、もとより備わった俳優としての華と、舞台で魅せる力強さやダイナミックさで評判を得ていたが、近年は引きの美学も感じさせるように。
「團十郎を襲名したことは大きい気がします。若い時のガンガン押し出す色気みたいなものもいいけれど、そろそろ年齢的に、余裕のある男の色気というものの必要性も感じるし、そうなっていかなくてはいけない。劇場に足を運ぶお客様は、形はないけれど、俳優から醸し出されてくる見えないものを観に来ているんでしょう。そういうものをわかりやすく醸し出す力を一番必要とされるのって、きっと歌舞伎俳優じゃないかと思っています。歌舞伎では “あいうえお”程度のなんでもないセリフだけでお客様を惹きつけなくてはいけないんです。そこに面白さや滑稽さ、かわいらしさのような歌舞伎俳優自身の魅力が加わり、味わいが出る。そこが歌舞伎ならではの魅力なのではないでしょうか」
約350年前、今も継承されている歌舞伎の様式を築き上げ、江戸歌舞伎の創始者といわれた初代市川團十郎。その後、九代目團十郎が、明治時代に歌舞伎を高尚な芸術に引き上げ、近代歌舞伎に大きな影響を及ぼした。そんな市川宗家に生まれ、その大名跡を襲名したのが4年前。言うなれば、生まれながらに王道を歩くことを運命付けられた人だ。
「7歳で新之助を襲名した時から、自分の意思とは関係なく、ゆくゆくは海老蔵、そしてその先に團十郎になるレールが敷かれているような意識はあり、プレッシャーもありました。10歳くらいの頃には、すでに自分の先々までの生き方を考え、海老蔵になった時、團十郎になった時、子供ができた時を想定して、やるべきことを決めていたくらい。ただ、年齢的なストレスもあり精神的なバランスが崩れ、一時期は荒れたりしましたけどね。今はもう、そういうあれこれをすべて経験しつくし、不安もプレッシャーもありません。ただ私は、安定はうっすら右肩下がりだと思っています。今の状況に安住せずに、つねに危惧しながら歌舞伎に携わっていきたいと思っています」
Profile
市川團十郎
いちかわ・だんじゅうろう 1977年12月6日、東京都生まれ。'85年に市川新之助を名乗り初舞台を踏む。2004年に市川海老蔵を、'22年に市川團十郎を襲名。出演する『七月大歌舞伎』は、7月2日(木)~26日(日)まで東京・歌舞伎座で上演。「め組の喧嘩」「春興鏡獅子」は夜の部で上演。
anan 2500号(2026年6月17日発売)より































