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この3人以外想像もできないくらい、素晴らしかった
――本作にプラバースさん、アミターブ・バッチャンさん、そしてディーピカー・パードゥコーンさんを起用した理由について教えてください。
端的に言うと、彼ら以上に適した人がいないと思ったからですね。幸運なことに、みなさんがこの映画への出演を快諾してくださって、本当によかったです。みなさん脚本を読んだ時、ぜひやりたいと思わせるものを感じてくださったんだと思います。映画を観ていただければわかっていただけると思いますが、他の人だったらどうだっただろうなんて想像も許さないくらい素晴らしかったですよね。
例えば、ディーピカー・パードゥコーンさんは映画の中盤にとあるシーン(※1ネタバレを含むためインタビューの最後に脚注を加えています)が彼女にとって最初の撮影だったんですよ。にも関わらず、観ているだけで気持ちを持っていかれるような、共感を呼び起こさせてくれるエモーショナルさを見事に表現してくださって、監督として非常に嬉しかったです。こんなにも早くキャラクターの感情にたどり着くことができるのかと驚嘆しました。プラバースさんの最初の撮影シーンは、実はアミターブ・バッチャンさんと戦うシーンだったんですが、いきなりこの2人が対決するというのは、たまらないものがありましたね。
――言語が違うので撮影は大変だったと思うのですが、撮影現場でのプラバースさんや俳優のみなさんの様子、印象に残っている撮影エピソードがありましたら、教えてください。
もちろん、言語の違いはひとつの挑戦ではありました。今回は基本的にテルグ語をメインにセリフを言っていただいていたんですが、テルグ語が第一言語ではないアミターブさんとディーピカーさんは、そのセリフを覚えて、さらにそこに感情を乗せていくという作業をしなければいけなかったんですが、見事に演じてくださいましたね。インドはそういう意味ではとてもユニークで、1つの国の中で25から30個の言語が話されるということが当たり前なんですよ(※2)。それに慣れている僕らとしては、他の言葉でしゃべらなければいけないということはそこまで珍しいことではないんです。おそらく他のほとんどの国の方々には想像がつかない環境だとは思うんですけど(笑)。あっても2つか3つの言語を使う国が多い中、これほど多くの言語をひとつの国で日常的に使っているのは世界中でインドだけだと思います。
撮影で印象に残っているのは、プラバースさんが演じるバイラヴァが初めて登場するシーンですね。このシーンはどういうポーズで登場するのがいいだろうかと、僕とプラバースさんとでその場で即興的に考えながら作ったんですよ。床をゴロゴロしながらいろんなポーズを取ってみたり…。プラバースさんはあんなに大スターなのに、現場でいろんな方が見ている前でいろいろ演技を試すことをまったく恐れないんですよ。そういうオープンなところは、まるで子どものような方なんですよね。自分が楽しみながらいろいろと試してみてくださって、逆に僕のほうが自分の演出を疑うことがあっても、彼は100%の力で演じてくれて、本当に素晴らしかったです。
――インド神話とSFの融合という壮大な物語を思いついたきっかけは何だったのでしょうか?
構想自体は15年程前からありました。もともと僕はSFファンタジーが好きでしたし、インドにおいて「マハーバーラタ」という神話は、それこそ映画やテレビ、本といったいろんな形で小さな頃から触れる機会が多いんです。その神話とSFの両方の要素を盛り込んだストーリー自体はもともとの構想にもありました。ただ、この映画のストーリーを書き始めたのは2018年からです。
――『カルキ 2898-AD』がベースにしているインドの神話「マハーバーラタ」にはたくさんの神々が登場しますが、信仰の話は別として、監督がもっとも気に入っている神様はいますか?
「マハーバーラタ」で言うと、どの章もあまりにも素晴らしく、それぞれの章で書かれたキャラクターにみんなが惚れ込んでしまうと思うんですけど、僕としてはやはりカルナが好きですね。彼はとても興味深いキャラクターだと思います。それと、キャラクターではないんですが、「マハーバーラタ」は武器の説明がすごく面白いんですよ。アルジュナが持つ神弓・ガーンディーヴァもそうですよね。だから、どの武器が一番強いのか、誰が持つとその武器の効果が発動するのか、その武器にはどんな限界があるのか、そういったことを掘り下げるのが楽しかったですし、映画の第2部ではそういった部分がさらに掘り下げられるので、ぜひ楽しみにしていただきたいですね。
――そんな監督のオタク心が『カルキ 2898-AD』にも反映されている、ということですね。
もちろん、愛を込めて作りました。そして、その反動だと思うんですけど、同時に恐怖心もありました。つまり、この映画は「マハーバーラタ」に見合った作品に果たしてなれるのか、という恐れですよね。「マハーバーラタ」はあまりにも素晴らしく、とてつもない存在感を持つ作品なので。この映画が失敗してしまうようなことがあれば、そもそもなぜこの映画を作ろうと思ったのか、ということになってしまうので、愛と恐怖の両方の感情が自分を突き動かしていたんだと思います。
――巨大要塞「コンプレックス」をはじめ、セットや衣装といった美術的な要素にも圧倒されました。未来的なデザインもあれば、インドの伝統的な意匠が生かされたデザインもありましたが、そういった映画の全般的な世界観とデザインはどのように設計されたのでしょうか?
この映画の制作は2018年からスタートしたんですけど、デザインにはかなり時間をかけました。なぜかというと、『カルキ 2898-AD』は「マハーバーラタ」をはじめインドの神話の物語なので、欧米の作品を観ているかのように感じさせる作品にはしたくなかったんです。今まで観たことがないような映画にしたい、オリジナルな作品にしたいという気持ちが強かったんです。それで、インド的な要素をたくさん取り入れることでオリジナリティを出そうと考えました。例えば、インド的なテクスチャーやモチーフとして昔の寺院の彫像やインドの服装をデザインに取り入れるなどして、オリジナルな作品を目指しました。
――『カルキ 2898-AD』を観させていただいて、正直、ラストは「ここで終わるのか!」というのが衝撃だったのですが、母国での反応はいかがでしたか?
そうなりますよね(笑)。本編が終了した後、クレジットに僕の名前が一番に出てくるんですが、インドでの上映時は、その瞬間、観客から「そうじゃないだろう!」という叫び声が飛び交ったそうです。
『カルキ 2898-AD』は、自分のキャリアのもっと先で実現できるプロジェクトだと思っていました
――インド映画が持つパワーを日本の観客たちも感じ取っているからこそ、いま日本でもインド映画が受け入れられていると思いますし、ファンの熱もとても高いんです。アシュウィン監督は日本でインド映画がこれほど人気だということはご存知でしたか?
僕の友人たちが『バーフバリ』や『RRR』の製作に携わっていたので、どれくらい日本の方に愛されていたのかについては話を聞いて知っていました。『RRR』のキャンペーンの様子についても個人的に追っていて、こんな感じなんだというのは知っていました。実は昨日、日本に着いたばかりなんですが、ファンの方からファンレターやプレゼントをいただいて、その愛を僕も実感しはじめているところです。とても素敵だなと思っていて、この現象がもっともっと大きくなってほしいなと思っています。
――Xでファンからの手紙に囲まれた画像を投稿していらっしゃいましたよね。そして、昨日は渋谷のスクランブル交差点で撮影した動画をアップされていましたが、日本はいかがですか?
日本には今回初めて来たんですが、僕は日本が大好きなんです。実は以前からずっと日本には来たいと思っていたんですよ。でも、初来日の際は自分の映画を持ってきたいと思っていたので、こうして『カルキ 2898-AD』を携えて日本に来られたことが何より嬉しいですね。
――日本の映画やアニメで好きな作品はありますか?
映画では黒澤明監督の作品ですね。アニメはジブリ作品、特に宮崎駿監督の作品はすべて大好きで、素晴らしいと思っています。そして、僕は10年前に『NARUTO -ナルト-』に出会って、それ以来のファンでもあります。なので、日本のアートや文化、映画にはたくさん影響を受けています。
――アシュウィン監督が映画監督を志したきっかけはなんだったのでしょう?
最初は、ものを書くことから始めたんですよ。映画の脚本やプロットに限らず、ありとあらゆる文章を書いていました。実際にジャーナリズムに興味を持っていた時期もありましたし、自分が書いたものを読んだみなさんのリアクションを見るのがすごく嬉しく、楽しかったです。そんな中、映画にはずっとインスピレーションを受けていたんですが、ただ、自分が映画を作るという考えに至るまでは時間がかかりました。初めて映画を手がけたのは大学の課題の映像だったんですけど、映画作りが自分の天職なんだなと気づくまでには20年くらい時間がかかりましたね。
――映画監督にはそれぞれにスタイルがあるものだと思うのですが、ご自身では自分をどんな映画監督だと思いますか?
自分のスタイルというものは、自分では自覚できないものだと思うんですよね。おそらくそれを教えてくれるのは観客なんだと思います。これまでに僕が手掛けた33作品は、それぞれジャンルもストーリーも全然違っていて、その中で共通点があるとすれば、どこかスピリチュアルだったり、カルマに関する要素がほんの少し入っている、ということかもしれません。
――今後、映画監督として作りたい作品、成し遂げたい目標はなんですか?
僕にとっては『カルキ 2898-AD』がまさにいつか作りたいと思っていた作品であり、成し遂げたい目標でした。その先のことは想像がつかないというか、今はまだ考えていないですね。それだけ、この『カルキ 2898-AD』は自分の夢だったんですよ。正直、この作品は自分のキャリアのもっと先で実現できるプロジェクトだと思っていたので、こんなにも早く映画にできるとは思っていなかったです。
――これから『カルキ 2898-AD』を見る読者のみなさんに、メッセージをお願いします。
「マハーバーラタ」をご存じの方にも、そうでない方にも楽しんでいただける映画になったと自負しています。日本の方々とはストーリーやエモーションの部分で共通しているところが多いので、この映画もきっと日本の観客に通ずるものがあると思っています。もしそれを感じていただけたなら、ぜひ友人にもたくさん宣伝してください。
舞台挨拶にアシュウィン監督が登壇!
TOHOシネマズ六本木ヒルズで開催されたアシュウィン監督の舞台挨拶では、配給の映画会社ツインから、特別に作られたオリジナル法被が贈られた。今回は来日が叶わなかったプラバースのために用意されていた法被を見て、「これは本人に取りに来させなきゃ」と冗談めかしてコメント。この日、プラバースからは映像でコメントが寄せられ、「すぐにまたお会いできることを約束します」という言葉に観客も大喜び。続編が公開される時には、ぜひ来日が果たされますように!
【ネタバレあり】『カルキ 2898-AD』が誕生することになったきっかけとは?
※ここから先のインタビューは、本作のネタバレを含みます。
――そもそもこの『カルキ 2898-AD』が誕生することになったきっかけはなんだったのでしょうか?
記憶をたどってみると、最初に思いついたのはガーンディーヴァが発見されるシーンだったと思います。砂漠でゴミを集める人たちがたまたまガーンディーヴァという弓を見つけて手に取ろうとするんですけど、彼らが乗ってきた車両が弓の力で半分に斬れてしまうというシーンを書いた時、ものすごくワクワクしたんですよね。映画の中ではなんてことのないシーンとして描かれているんですけど、このシーンが『カルキ 2898-AD』の最初の1ピースでした。
「マハーバーラタ」には最後にクリシュナが姿を消したところが記されていて、そこから神の子が再来すると言われている6000年後(※3)を計算すると、今回の映画タイトルにもなっている「2898」になるんです。そして、その時代に昔の武器が登場する、というところが個人的にはワクワクするポイントだと思っています。
――ガーンディーヴァはアルジュナの武器ですが、「マハーバーラタ」と同じく『カルキ 2898-AD』もカルナとアルジュナの戦いなのでしょうか?
うーん、どうでしょう。ただ、『カルキ 2898-AD』の世界にはアルジュナはもう存在していないんですね。なので、発見されたガーンディーヴァを使うのは誰なのか? という話になってくると思います。
――今作の中で監督がもっともこだわりを持って撮影したシーンやお気に入りのシーン、台詞について教えてください。
アミターブ・バッチャンさん演じるアシュヴァッターマンと、プラバースさん演じるバイラヴァが直接対決するシーンですね。パンチを繰り出すアシュヴァッターマンにバイラヴァが敵わないと悟って背中を向けて立ち去る、つまり主人公が敗北するというシーンは、インド映画における「ヒーローは何があっても勝利する」という固定概念からかけ離れたもので、いい意味で観客を裏切るようなシーンになりました。このシーンはどの言語で上映されても、観客のみなさんが一番盛り上がるところでしたね。
――日本ではラージャマウリ監督の『バーフバリ』をはじめ、インド映画がとても人気がありますが、ラージャマウリ監督のカメオ出演はどういう経緯で決まったんですか?
特に僕らのような若い世代にとってラージャマウリ監督は多大なインスピレーションを与えてくれる方なので、監督の登場シーンは、僕らも完全にファンの目線になってしまうような瞬間でしたね。このシーンは、バイラヴァが他の賞金稼ぎとやり取りするところなんですが、他の役者さんにやってもらうよりは、もともとプラバースさんと近しい関係のある方で、かつみなさんもよくご存知の方に登場してもらったほうが楽しいんじゃないかと思ったんですよ。それで出演をオファーしたところ、めちゃくちゃ前のめりで「イエス」と言われて、逆に心配になりました(笑)。
――ラージャマウリ監督も映画監督としてはお若い方だと思っていたので、さらにお若いアシュウィン監督がこうして大作に挑戦するというのはとても素晴らしいですよね。
僕は今38歳ですが、ラージャマウリ監督が映画を作り始めたのが2000年で、僕は2015年からです。そしてラージャマウリ監督がプラバースさんと初めて組み始めた頃、僕はちょうど大学で映画を学んでいた時代だったので、そう考えるとそれほど世代の違いはないかもしれないですね。
――そういった若い世代がどんどん前線で活躍しているというのが、今のインド映画のパワーの源なのかな、と感じました。
たしかにそれは感じますね。でもそれは、インドの観客のおかげだと思います。インドの観客たちがそういった若い世代の監督の作品を楽しんで受け入れてくださっている、というのが大きいと思うんですよ。もしそういった映画を誰も観に来てくれなかったら、それまでヒット作を作ってきた前の世代の方の作品ばかりが作られることになっただろうと思いますし。
――今後の展開がどうなっていくのか非常に気になっています。お話しいただける範囲でいいので、ぜひヒントを教えてください。
スプリーム・ヤスキンの元へ行くために手のひらに乗る、動く像がありますよね。あれに注目してください、ということだけ言っておきます(笑)。
脚注
※1 スマティがコンプレックスから脱出するため、炎が上がるトンネルを抜けるシーン。
※2 インドは憲法で公認されている州の言語だけでも21言語ある。
※3「マハーバーラタ」ではクリシュナに呪われたアシュヴァッターマンは3000年間世界を放浪すると記されている。
PROFILE プロフィール
ナーグ・アシュウィン
1986年、現テランガーナ州のナーガル・カルヌール生まれ。ニューヨーク映画学院で監督コースを履修の後、シェーカル・カンムラ監督の助監督として映画界入り。『Yevade Subramanyam』(2015年/日本未公開)で監督として⻑編デビューし、同作は好評を博した。続く『Mahanti』(2018)は、タミル語版で『伝説の女優 サーヴィトリ』として日本で上映された。
INFORMATION インフォメーション
古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」に描かれた壮絶な戦争が終わり、パーンダヴァ軍とカウラヴァ軍のほとんどは戦死した。カウラヴァ軍の英雄アシュヴァッターマン(アミターブ・バッチャン)は、パーンダヴァの後継者となる胎児を殺した代償として不死の呪いをかけられ、いつか生まれるヴィシュヌ神10番目の化身“カルキ” の母親を守ることを運命づけられた。そして、6000年後の⻄暦2898年。世界は荒廃し、地上最後の都市カーシーは、200歳の支配者スプリーム・ヤスキンと、空に浮かぶ巨大要塞コンプレックスに支配されていた。謎の実験のためにコンプレックス内に囚われていたスマティ(ディーピカー・パードゥコーン)は、反乱軍の戦士に救われ脱出するが、懸賞金がかけられた彼女を賞金稼ぎたちが追いかける。無敗の戦士でありながら自堕落ゆえに身を落としていた賞金稼ぎバイラヴァ(プラバース)も、コンプレックスの住民になる特権を求め、スマティを追跡するが…。
2025年1月3日(金)新宿ピカデリー他にて全国ロードショー。