痛みを超えて、女性たちは奮い立つ。読後胸がすく、オムニバスコミック。
「本作の発想のきっかけは、編集さんと雑談していて出てきた、望まない妊娠の末の嬰児殺しの話でした」
母親の逮捕はニュースになるが、無責任に逃げた男・安藤は何の制裁も受けない。何を思うのかもわからない。本書は、そんなふうに問題の陰の部分を浮かび上がらせていく。
「避妊に非協力的で無責任、安藤のような男の人って、自分の行為がどんな結果をもたらすかを内省したりしないタイプだと思うんですよね。ただ、彼のように空っぽで中身がないキャラクターは主人公にしづらいところがあって。むしろ彼の周りの女性のほうがいろんなことを否応なく考えていくので、問題の本質に光を当てやすいなと」
そこで彼を観察対象として中心に置き、高校時代のガールフレンドや同僚女性、妻や娘といった彼と関わる女性側から描くことにしたそう。
「実際、魅力はあるけどクズな男性に惹かれてしまう女性はいますから、その葛藤みたいなものをどう描けばうまく伝わるのか悩みました」
1話ごとに視点人物を代えオムニバス形式で進む本作。冒頭は安藤とマッチングアプリで知り合ったシングル女性・あやかのエピソード。編集者としてキャリアを積むあやかに結婚願望はないが、好みの男性とセックスを楽しみたい欲には積極的。
「若い女の子たちが性愛を自発的に楽しめるようになるのはすごくいいですが、本当に女性が何も傷つかずに主導権を持つことができるかというと、まだちょっと難しいんじゃないかなと。安藤みたいな不実なおじさんにも利用されちゃっているところがあるし、危機感もありますね」
安藤は表面的には紳士的で進歩的。しかし、女性を下に見ていることはありありと伝わってくる。
「私も、現実ではそういうムカつく男にひとこと言いたいけれど、言ったところでこちらの望むような反応は返ってこないのはわかるので。自分の中のモヤモヤをマンガにしてちょっとでも解消できたらと思います。そういう意味では、いまの日本社会は題材に事欠かないです」
『逃げるA』 タイトルにあるAは安藤だけを指していない。「あやかや茜など女性たちのイニシャルもA。同じように問題から逃げていないかという示唆も含んでいます」。文藝春秋 803円 ©坂井恵理/文藝春秋
さかい・えり マンガ家。1972年生まれ、埼玉県出身。’94年、商業デビュー。代表作に『ヒヤマケンタロウの妊娠』(講談社)、『シジュウカラ』(双葉社)など。
※『anan』2024年8月14日‐21日合併号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)