公園の古ぼけたカバの遊具がつなぐ、傷ついた人たちの回復と絆の連鎖。
マンションそばの日の出公園には〈リカバリー・カバヒコ〉と呼ばれる古びたカバの遊具があり、その地域では「ケガや病気でつらい箇所やコンプレックスに思う何かなど、自分の治したい部分に触れると回復する」というまことしやかな噂が信じられていた。
「どこか悪くなるとみな、お医者さんにかかったり、『効く』といわれたことを試したり、いろいろしますよね。その中にはお参りするというのもある。たとえば東京・巣鴨のとげぬき地蔵は有名ですが、物質的にはお地蔵さんってただの石ですよね。なのに、信じる人も、実際に治る人もいる。真摯な願いが人や状況をどう変えるのか。そんな思いの部分を書きたいと思ったんです」
物語は、視点人物が変わる5つの連作スタイルで進む。進学した先で成績不振に悩む男子高校生の奏斗、幼稚園に通う娘のママ友グループに違和感がある紗羽、ストレスで休職中のウェディングプランナー・ちはる、駅伝がイヤで足をケガしたふりをした小学生の勇哉、老いた母親との不和に悩む50代の雑誌編集者。
「共通しているのは、うまくいっていたつもりでいたのに、変化についていけなくてつまずいたり、それまでと勝手が違って戸惑ったり、ある地点で足踏みしている人たちだということ。無傷で生きていくなんて誰にもできないからこそ、そのときにカバヒコみたいな存在は必要だろうなと。悩みを聞き出そうと水を向けたりしないし、アドバイスもくれない。けれど、カバヒコにあれこれ打ち明けるうちに、結局は自分自身で折り合いをつけていかなくてはいけないことに気づく。私の小説には狂言回し的な存在がよく登場するのですが、カバヒコくらい何もしないキーパーソンって初めてかも」
実際、塗装もはげていてどこかとぼけた表情のこの遊具は、登場人物から頼りにされる。読者にとっても、どんどん愛おしくなってくる。
「裏テーマのひとつが“触れる”です。コロナ禍の数年、身体接触はタブーでしたが、触れることでもらえるエネルギーやパワーは侮れないと思うんですよね。この本も多くの人に読んでもらって、たくさん撫でてもらえたらうれしいですね(笑)」
あおやま・みちこ 作家。1970年生まれ、愛知県出身。2017年、『木曜日にはココアを』で小説家デビュー。『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』が2年連続で本屋大賞2位に。著書多数。
『リカバリー・カバヒコ』 既出作との人物&設定リンクあり。『赤と青とエスキース』に続き、本書にも登場したマンガ「ブラック・マンホール」はコミック化が進行中。光文社 1760円
※『anan』2023年10月11日号より。インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)