プログラミングの秀才少年2人。時代に翻弄される友情のゆくえ。
「今回はストレートな友情の物語です。私は幼少期にアメリカにいたのですが、書きながら当時の友人の顔を思い浮かべることもありました」
1977年、ソ連占領下のエストニアに生まれたラウリは少年時代からコンピューター・プログラミングの才能を開花させる。モスクワの研究所入所を夢見て進学した学校で出会ったのは、レニングラードから来た秀才少年、イヴァンだ。
宮内さんも小学生の頃からプログラミングに夢中だったという。
「ラウリにモデルはなく、強いて言うなら自分です。彼らがMSXというコンピューターでゲームを作る様子は、自分の体験を重ねています。ただ、自分に近い年齢でも場所が変われば激動の歴史を生きることになってしまうのは不思議な思いです」
彼らが友情を深める様子がキラキラしていて眩しい。しかしソ連が崩壊、二人は離れ離れとなり、ラウリは夢も絶たれる。そして…。
ソ連にも自国にも肩入れできずに心揺れるラウリの心情がリアル。
「彼は何者でもない。誰もが勇敢に一貫した意見を言えるわけでもなく、誰もが正義や答えを出せるわけでもない。簡単な答えなどどこにもない。それでも人間は生きていける。そんな思いを込めました」
本作はエストニア、コンピューターの近現代史としても味わい深い。
「実はこの話の出発点はMSXです。私も小学生の頃使っていました。旧ソ連は輸出規制によって高精度のコンピューターを輸入できず、日本で作られた8ビットの低スペックのMSXを教育用に導入したのです」
エストニアは現在IT先進国としても有名で、その様子も描かれる。
「コンピューターとは人類にとって何なのかという問いを含ませました。現在のエストニアの姿は、未来の私たちの姿かもしれません」
ところで、作中ラウリが同級生たちのために教本を作る場面が印象的。
「私もアメリカの小学校に通っていた頃、授業で周りが分数の概念を理解できずにいたので、『ユウスケの分数の本』を作ったことがあります。好評で学校の図書館に一部寄贈されました。それが私の一つの成功体験になっています(笑)」
『ラウリ・クースクを探して』 幼少期にプログラミングの才能を開花させたものの、歴史に翻弄され、現在消息不明のラウリ・クースク。彼のたどった人生とは。朝日新聞出版 1760円
みやうち・ゆうすけ 2012年、単行本デビュー作『盤上の夜』で日本SF大賞、’17年『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞、『カブールの園』で三島由紀夫賞受賞。ほか受賞作多数。
※『anan』2023年9月20日号より。写真・土佐麻理子(宮内さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)