レジェンドアニメーター、マーク・ヘンさん特別インタビュー。
マーク・ヘンさんがウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオでアニメーターとしてのキャリアをスタートさせたのは1980年のこと。以降、ディズニーの“顔”であるミッキーマウスをはじめ、『リトル・マーメイド』のアリエルや『美女と野獣』のベルなど、6人のプリンセスを担当。スタジオでは“プリンセス・ガイ”とも呼ばれている。
「アニメーターになりたいと思うようになったきっかけは、7歳の時に観たディズニー・アニメーションの『シンデレラ』でした。物語に登場するキャラクターたちが、実際にいるようなリアリティに魅了されたのです。その頃のアニメーションといえば、ギャグを言って走り回る、といったものが一般的でしたが、シンデレラはある状況に置かれていて、そこにはちゃんと意味がある。『シンデレラ』を初めて観た時に、心から彼女の味方になって応援したいという気持ちになったのは、私にとって本当に魔法のような出来事で、アニメーションが持つ説得力を感じました」
スタジオでは、とくに2人の偉大なアニメーターからディズニー・アニメーションの神髄を受け継いだという。
「『シンデレラ』などを手がけていたエリック・ラーソンとマーク・デイヴィスです。エリック・ラーソンは特別な感性を持っていて、キャラクターに個性や誠実さを吹き込むことに長けているアニメーター。彼が私のメンターとなり、約6年にわたっていろいろと教えてくださいました。一方、マーク・デイヴィスは、“ドラフト・マン”と呼ばれるほど絵を描く才能に秀でています。彼と直接仕事をする機会はありませんでしたが、彼からプリンセスの担当を引き継いだこともあり、たくさんのインスピレーションを受けました」
確かに、ディズニー・アニメーションのキャラクターは個性が立っていて、だからこそ魅力的。でも、どうしたらそれを表現できるのだろう。そう尋ねると、マークさんは「それが魔法の一部なのです」と微笑みながら、インスピレーションの源を教えてくれた。
「アーティストとして行うのは、世の中や人々をよく観察する、ということです。例えばエリック・ラーソンは『ピノキオ』で猫のフィガロを担当した時に、キャラクターを作り上げるうえで、彼の甥っ子を参考にしたといいます。アニメーターは単純に絵を描くということだけでなく、キャラクターに演技をさせることも重要です。そのためにはどんな個性を持ったキャラクターなのか、それぞれに見極め、表現していく必要があります。ウォルト・ディズニー自身も『白雪姫』に登場する7人のこびとを、全く同じ性格にしてもよかったはずなのに、そうしなかったわけですよね。それはウォルトが7人それぞれに個性があるということを大切にしていた表れでもありますし、キャラクターへのアプローチの仕方として、今に繋がるディズニー・アニメーションの基礎的な哲学になっています」
とくにマークさんが手がけてきたようなプリンセスたちは、その時代を生きる世界中の女性の夢や希望、そして励みとなり、愛され続けている。プリンセスを描くにあたり、キャラクターの価値観のアップデートなど、何か意識していることはあるのだろうか。
「主人公であるプリンセスたちは、常に魅力的に描く必要があり、それはいつの時代も変わりません。ただ、時代とともに変わってきたこともあって、それは、初期のプリンセスは今と違って“反応的”な姿勢だったということです。まず彼女たちに何かが起こって、それに対して行動していく。しかし、アリエル以降のプリンセスは、行動が自発的になっています。自分たちで決断を下し、その結果として状況が変わる。キャラクターとして強く、より魅力的になっていると思います」
そこには、女性たちをエンパワーメントしたいという思いが込められている?
「観客のみなさんにインスピレーションを与えたいと願っているので、その意味では『イエス』になりますが、そうは言いながらも私たちが一番大切にしているのは、キャラクターの説得力です。『こういうキャラクターがいるんだ』と信じて支持してくださること。みなさんを勇気づけるようなキャラクターになっていたとしたら、それは意図的ではなく、説得力を重視した結果だと思います」
マークさんは、世界一有名なキャラクターといえるミッキーマウスを描いてきた一人でもある。描く時のポイントを聞くと、
「ミッキーマウスを描くのは、実は難しい。耳の位置がずれたり、鼻が少し大きかったりするだけで、ミッキーマウスにならないのです。とても繊細であると同時に、アニメーターにとって寛容なキャラクターでもあります。というのも、これまで数々のアニメーターがミッキーマウスを描いてきましたが、その個性を反映しながらも、毎回ミッキーマウスとして完成する。私が描くミッキーマウスは、1940年代後半くらいのイメージです。時代とともに進化していますが、個人的にはその年代のテイストが、気に入っています」
『ミッキーのクリスマス・キャロル』(1983)
ミッキーマウスを担当。ミッキーマウスが30年ぶりにスクリーンに登場! ディケンズ原作の『クリスマス・キャロル』を、おなじみのディズニーのキャラクターたちが熱演。©2023 Disney
『アラジン』(1992)
ジャスミンを担当。王女・ジャスミンと出会い、一目ぼれした貧しい少年のアラジン。身分違いの恋に悩むなか、願いが叶うランプを手に入れるよう、そそのかされ…。©2023 Disney
『プリンセスと魔法のキス』(2009)
ティアナを担当。貧しくも、夢を叶えるために働くティアナ。ある日、プリンセスのドレスを着た彼女の前に、「プリンセスのキスで魔法が解ける」というカエルが現れ…。©2023 Disney
掲載作品は、すべてディズニープラスで配信中
マーク・ヘンさん 1980年、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオに入社。その年に『キツネと猟犬』の制作に携わる。’83年には『ミッキーのクリスマス・キャロル』でミッキーマウスを担当。また、『美女と野獣』『アラジン』『プリンセスと魔法のキス』などで、プリンセスのアニメーションを手がける。
※『anan』2023年7月26日号より。写真・内田紘倫(The VOICE) 取材、文・保手濱奈美
(by anan編集部)