五感を刺激される描写が官能的。天才調香師が活躍する第2弾。
常に新しい小説舞台を用意してきた千早茜さんだが、初めて小川朔が登場する続編を執筆。『赤い月の香り』で語り手を務めるのは、一香とは対照的な朝倉満だ。騒がしくて、哀しみも寂しさも〈怒りの匂い〉にしてしまう彼が、終盤の思いがけない展開に深く関わっていくさまに、息を呑む。
「前作では、天才を書いてみないかというリクエストも踏まえ、朔の天才性を前面に出しました。ただ一香と出会ったことで、朔は少し人間味を帯びたし、〈感覚に対する身体の反応が過敏な〉満を羨ましく思っているところもあるんですね。なので本作では、朔が作った香り自体は完璧でも、それがどんな効果を及ぼすかまではコントロールできないという回も入れました」
朔が分析し、調合する香りの描写の中に、愛、執着、記憶などの分かちがたい感情が溶け込み、読み手の鼻腔をくすぐってくる。
「愛情と執着って、ともするとすごく近いものになり得ると思うんです。相手が大事だから気にかけるんですけれど、気にかけ方が過剰だと束縛や嫉妬にもつながってしまう。私は朔と似てそこらへんのバランスがすごい不器用な人間なので、結構悩みながら書きましたね」
さて、朔のファンとしては気になっているだろう、一香との関係。
「これについてはすごく考えたんですね。メモもいっぱいあって(笑)。最初は映画『シザーハンズ』のようなイメージで、雪が降る中でずっと相手の幻影を見て思い続けているとかを考えていたんですが、朔と一香は映画のふたりよりは交流があるわけで。はっきりした進展を明示するか、平行線の名前のつかない関係のままか、読者はどちらを望んでいるのか気になりますね」
朔が満を洋館のアルバイトとして採用した真の理由とは。満の記憶を縛り悪夢のように追いかけてくる赤い月の秘密とは。一気読み必至だ。
千早 茜『赤い月の香り』 『透明な~』の主要キャラもたびたび登場、一香は満と関わり、朔と真逆キャラの新城も活躍。庭師の源さんの過去はかなりのサプライズ! 集英社 1760円
ちはや・あかね 1979年、北海道生まれ。2008年、『魚神』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。’13年、『あとかた』で島清恋愛文学賞、今年1月に『しろがねの葉』で直木賞ほか受賞歴多数。
※『anan』2023年7月5日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)