夢破れた者と夢にしがみつく者。立場は違えど呼応し合う友愛を描く。
「学生のころ、女性調律師が主人公の、佐々木昭一郎監督の『四季 ユートピアノ』というドラマを見ました。主人公の栄子と、その師である宮さんという初老の調律師の関係が何とも心地よく、タイトルやキャラクターのアイデアのきっかけに。うまく自分の言葉で良さを説明できないのですが、ぜひ見てみてほしいです」
驚いたことに、ほそやさんは調律の仕事について、調律師さんへの取材もしたが、主に本や動画で学び、アウトプットしたそうだ。それが滅法わかりやすくて、脱帽する。
「調律師さんって、もの静かだけれど自我や信念が強い方が多いのかなという印象を受けました。私の中にある職人的な仕事への憧れを、そういう環境で仕事を学べたらステキだなと米村家の父娘に託しました」
ほそやさんはコメディセンスも抜群。たとえば、新は幼いころからあちこちを音叉で叩き、その響きを楽しむ癖がある。結果、自分の太ももを青あざだらけにしてしまうさまは愛らしく、思わず笑いがこみあげる。
「音叉は、自分でも買って叩いてみました。ちゃんと442Hzの音が出るように振動させるには結構強く叩かないといけなくて、子どもならあざだらけになりそうだなと思って思いついた場面です。ただ、描いている本人は『ギャグが全部滑ってる…』と思っていたので、望外にうれしいです。ネームを切っていても、作中で空気が軽くなる瞬間がないと自分も読者もしんどいという強迫観念で、笑える要素を入れています(笑)」
一方、饗子は音楽の道に目の障害もあって挫折し、他者とのコミュニケーションを閉ざしたままだ。
「饗子の置かれた環境が特殊なものに見える人も多いのかもしれません。ただ、私はとても普遍的な出来事だと思って描いています。いろんなことがうまくいかず、自分を大事にできなかった。それを一言で説明なんてできず、なぜこんな所に来てしまったのかなというぼんやりした感情の繭の中にいる印象で描きました」
〈どこで間違えたんだろ〉と言う饗子に不器用ながら近づく新。少しずつふたりの距離は変わっていく。
「本当に縮まってしまっている人に手を差し伸べるって難しいなとは私もよく思うことです。でも、こんなふたりの関係は好きですね」
ほそやゆきの『夏・ユートピアノ』 併録作「あさがくる」は四季賞2021春のコンテスト四季大賞受賞。宝塚受験に4度失敗したバレエ教室OG朝顔が受験を目指す16歳のくるみの家庭教師となり…。講談社 770円 ©ほそやゆきの/講談社
ほそやゆきの マンガ家。「鹿の足」が、モーニング月例賞「モーニングゼロ」2018年12月期奨励賞を受賞し、商業デビュー。現在、次回作を構想中。
※『anan』2023年6月14日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)