翻訳小説を彷彿させる、繊細な筆致。純文学界の新鋭が放つ2作を収録。
「松家さんは50代で初めて小説を書かれたんですね。僕もそのくらいの年齢になったら自分も書けるようになりたいと思って。となると、たとえ力不足でも、20代のうちに一度形にしておきたい…。それが最初のモチベーションでした。だから、賞に応募しようともあまり思ってはいなかったんです」
表題作は、15年ぶりに再発したぜんそくの発作の苦しさを媒介に、過去の記憶とそれに続く現在を見つめ直していく〈わたし〉こと、たまきの視点で描かれる。幼い頃に同じぜんそくに苦しんだ弟は若くして死を選び、遺された姉である〈わたし〉の孤独に読者の胸も締めつけられる。
「僕自身も子どものころにぜんそくで息も絶え絶えの経験をしたことがあります。書きながら、最初は姉のたまきの苦しみを書くところから出発したのですが、書き進めるうちに、たまきが自分のつらさを明かせなかったのと同じように、父や母、死んだ弟もそれぞれに、きっとまた別の形で、明かせない苦しみを抱えているのだろうな、それも掬い上げなければいけないなと感じたんです」
実は「息」も「わからないままで」も、モチーフに家族が自死した経験が描かれている。だが書き方は大きく異なる。
「初めて一人称に挑戦した『息』は、ある限られた季節を濃密に描こうという試みだったので、目の前に起きる物事を追っていくスタイルでした。後者では、1章で小学生の子どもと父親のことを書き、次に成人した男性の離婚後の姿を書き…というふうに、あまり時系列で整理していかないことで、かえって浮かび上がるものはあるかもしれないなと」
『新潮クレスト・ブックス』という海外文学レーベルを愛読、「文学の栄養はほとんどそこから得てきた」と語る小池さん。そんな文学青年にとって必然の挑戦なのかもしれない。
「なぜ小説に惹かれたかといえば、やはり自分自身の体験は大きいです。それがなければたぶん小説を書くことも切実に読むこともなかった。なので、生と死の相克やそれと向き合う人々というテーマは持ち続けていきたいと思っています」
『息』 表題作には〈ガネット〉という鳥が、併録作には〈ホワイトウイングス〉という紙飛行機が、巧みなモチーフとして織り込まれている。新潮社 2090円
こいけ・みずね 1991年、東京都生まれ。2020年「わからないままで」が新潮新人賞を受賞し、デビュー。山田洋二監督の映画『こんにちは、母さん』のノベライズを7月に刊行。
※『anan』2023年6月7日号より。写真・土佐麻理子(小池さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)