『RRR』からも感じるその勢い! ますます進化するインド映画最前線。
インド映画によくある展開は、日本の歌舞伎のようなもの。
インド映画ビギナーは、『RRR』にも登場するような歌やダンス、ド派手なアクションなど、日本や欧米とはまた違う独自のカルチャーに、まずは驚かされたのでは。実は、インド映画のいわゆる娯楽作品には、伝統的に受け継がれている“型”のようなものがあり、インド人にとても愛されているのだという。
「インド映画第1号の誕生は、1913年です。その頃に流行した大衆演劇のスタイルが踏襲されていて、それは日本でいう歌舞伎のようなもの。歌舞伎の見得が歌とダンスのシーンといえ、物語の中には笑いもあれば、お涙頂戴もある。恋愛もアクションも入って、最後は必ずハッピーエンド。インドの伝統的な演劇理論『ナヴァラサ』は人間の9つの感情を意味し、ナヴァラサが入らないと観客にウケないとされてきたのです。もちろん笑いが多めなど、バリエーションは様々あります」(アジア映画研究者・松岡環さん)
松岡さんがインド映画を観始めた1970年代は、1本の中に歌とダンスが8~9か所入っていたそう。
「上映時間は3時間と決められていましたが、そんなに長いのは、歌やダンスのシーンが多いからです。そして、途中で必ずインターバル(休憩)が入ります」
まさに『RRR』にも言えること! 上映時間が約3時間。日本では実際に休憩時間を取らないものの、スクリーンに「INTERVAL」の文字を見た時、「映画の途中で休憩!?」と衝撃を受けた人もいるのでは。これは『RRR』が特殊なのではなく、インド映画のキホンだったのだ。
「ただその決まり事も、1991年を境に崩れました。インドが外国資本を受け入れるように経済政策を転換し、経済発展が急速に進むのです。この時、シネコンが上陸。それまでインドでは、3時間の映画を1日4回、決まった時間に上映していましたが、シネコンは上映時間がフレキシブル。そうなると、映画はもう少し短くてもいいのではと、2時間半以下の映画が増えていきました。ちなみに、インド映画のアクションに欠かせないCGやVFXの技術が飛躍的に進化したのも、この頃アメリカのIT企業の下請けを大量に行っていたからだと思います」
最近のインド映画は、一昔前と比べて歌やダンスのシーンが少なくなったと聞いたことがある人もいると思うが、それには上映時間の短縮が影響していたとは!
「ダンスシーンは無理して入れていたところもあるので、削る対象に。ただ、みんなが好きな流行歌はすべて映画音楽なので、歌は欠かせません。最近は、ダンスシーンが2つほど、歌は5~6曲入るという感じです」
また、近年はこうした娯楽映画だけでなく、歌やダンス、アクションもない、“シリアス系”の映画も増えていて、国内でヒットしたりしているという。
「上映時間が短くなったことから、例えば社会問題など、アート系の映画で扱っていたテーマでも映画を作れるのではと、いろんな監督がどんどん撮り始めています。インド映画は今が最も多様な時期といえそうです」
インドには多数の言語があり、毎年約40言語で映画が作られている。
インド映画の解像度を上げるうえで、知っておきたい大事なことがもう一つ。多言語の国家であるインドでは、言語ごとに映画が製作されているということ。
「国の公用語はヒンディー語と英語ですが、インドには28の州があり、それぞれの州にも公用語があります。現在憲法で認められている、州で使える公用語の数は22言語です。映画はそれ以上の言語で製作されていて、地元の俳優が起用されるのも特徴です。なかでも盛んなのは北インドの広い範囲で話されるヒンディー語と、タミル・ナードゥ州のタミル語、テランガーナ州とアーンドラ・プラデーシュ州のテルグ語。ヒンディー語映画の拠点はムンバイで、旧名の『ボンベイ』と『ハリウッド』をもじって『ボリウッド』と呼ばれています。近年は、ケーララ州のマラヤーラム語映画や、カルナータカ州のカンナダ語映画にも良作が増えていて、2022年の興行収入は『RRR』を2位に抑え、カンナダ語映画の『K.G.F:Chapter 2』が1位でした」
ちなみに『RRR』はテルグ語映画で、テルグ語映画界は「トリウッド」と呼ばれている。そんなそれぞれに特色のある様々な言語の映画から、「インド映画の最前線を知るならこれを」という作品を松岡さんがナビゲート。歌やダンス、アクション系はもとより、個性的なアート系など、新たな回路を刺激してくれるはず!
『WAR ウォー!!』(ヒンディー語)
2019年のインド映画世界興収1位を獲得した大ヒット作。
主演のリティク・ローシャンとタイガー・シュロフは、身体能力の高さを誇るインドの超人気俳優。空中や氷原などで自らの肉体を駆使した華麗なアクションは、見ごたえたっぷり。ダンスがうまい二人でもあるので、ソング&ダンスシーンだけでも観る価値ありといえるほど。緻密に練られたストーリーにも引き込まれます」。
Blu‐ray¥5,280 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
WAR ©2019 YASH RAJ FILMS PVT. LTD.
『パッドマン 5億人の女性を救った男』(ヒンディー語)
現代インドにすごい人がいた! 実話をもとにしたストーリー。
舞台は20年ほど前のインド。生理用ナプキン(パッド)が高価だった時代に、新妻が清潔で安価なナプキンを使えるようにと自ら開発に挑んだ男性の物語。「彼がすごいのは、技術を独占することなく、家内工場のような形で誰もが製造・販売できるようにしたこと。結果、女性のエンパワーメントを実現。封建的な社会で偏見にさらされながらも、諦めず取り組む姿に勇気づけられます」。
DVD¥4,180 発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©2018 CAPE OF GOOD FILMS LLP. All Rights Reserved.
『ジャッリカットゥ 牛の怒り』(マラヤーラム語)
牛に翻弄される人間の愚かさが、シニカルな視点で描かれる。
ケーララ州の奥地の村を舞台にした、暴走牛vs村人の熾烈な戦い。「この作品はちょっと説明が難しいのですが、ユニークなアート系の映画です。ある朝、村人たちがご馳走にと楽しみにしていた水牛が逃げ出し、村や森で大暴れ。複数のグループに分かれて捕まえようとしますが、そこに昔の恩讐も絡んで…。人間の欲に対する皮肉が感じられて実に面白く、第93回アカデミー賞国際映画賞インド代表にも選ばれました」。
Blu‐ray¥5,280 発売・販売元:マクザム
©2019 Jallikattu
『グレート・インディアン・キッチン』(マラヤーラム語)
インドの根強い家父長制に衝撃! でも、日本にもいえるかも…。
お見合い結婚でインドの伝統的な家庭に嫁いだ若妻。実家ではモダンな生活を送っていたが、嫁ぎ先では男性が家事を一切しないのが当たり前。舅と夫に勝手なことを次々押しつけられ…。「若妻はたまりかね、最後に『スッキリ!』となるものの、甘いハッピーエンドとはいきません。日本の家庭にもいえるかも…など考えさせられるところがあり、女性はもちろん、男性にも観てもらいたい作品です」。
DVD¥4,290 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©Cinama Cooks, ©Mankind Cinemas, ©Symmetry Cinemas
『囚人ディリ』(タミル語)
主人公のディリは終始寡黙、生身のアクションで魅せる!
元囚人・ディリが、ひょんなことから警察官に無理難題を押しつけられ、トラックを運転して夜道をひた走る。「ディリが命じられたのは、毒を飲まされた警察官たちを治療できる場所まで運ぶこと。警察官たちは、麻薬の犯罪組織からの報復として毒を盛られたため、ディリが乗ったトラックは彼らに追われることに。生身の壮絶なアクションあり、人情噺あり。2019年のヒット作です」。
Blu‐ray¥5,280 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©DREAM WARRIOR PICTURES ©VIVEKANANDA PICTURES
松岡 環さん アジア映画研究者。研究、紹介しているのはインド映画が中心。『きっと、うまくいく』『パッドマン 5億人の女性を救った男』など字幕翻訳も手掛ける。共著に『新たなるインド映画の世界』(PICK UP PRESS)がある。
※『anan』2023年5月31日号より。取材、文・保手濱奈美
(by anan編集部)