闘病を綴った、西加奈子初のノンフィクションも。本読みライターが注目する、推しの作家&作品

エンタメ
2023.04.16
恋愛小説や推しの作家などについて、書評や著者インタビューを通して、作家と作品のきらめきを伝えているライターの三浦天紗子さんと吉田大助さんに語っていただきました。

画期的な恋愛小説が登場。すべての男性の必読書!?

吉田大助(以下、吉田):今、恋愛小説って超下火じゃないですか。その代わり、家族小説が全盛になっている。ステイホーム期間もあり、家族という関係について考える機会が増えたことも作用していそうです。

三浦天紗子(以下、三浦):恋愛小説が盛り上がっていたのは20年くらい前ですかね。その後、恋愛はリスクしかないとかコスパが悪いとかさんざん言われ続けて、世の中の価値観がシフトしましたからね。

吉田:そんな時代にとんでもない作品が生まれたんです。紗倉まなさんの『ごっこ』、もう読まれました? なにがすごいって、体の相性の「合う・合わない」というパラメータを取り入れた恋愛小説集なんです。ロマンティックさのかけらもなくなるじゃないですか! プラトニックな状態であれば好きでい続けられたのに、いざ結ばれてみたらがっかり、みたいなことが起こりうる世界なわけです。

三浦:生理的嫌悪や体の相性があるのは、女性は知っているけども、と。

吉田:現実のそれを恋愛もののなかに持ち込んじゃっていいの? という驚きですよね。今までも、目の前の相手との相性の良さを強調するために他の人に対する「合わない」を書く手法はあったんです。だけど、相手のことを「合わない」と感じたり、相手が自分のことを「合わない」と感じているのがわかっちゃっている状態でし続ける関係って何なの、と。

三浦:そういうSEXや恋愛のリアルは、それこそananや恋愛指南書などでは普通に語られてきたけど、たしかに小説では珍しいかもしれませんね。本当のことを書くと冷めてドラマが生まれにくいし、合わないなんて言うべきでないと女性側が洗脳されてきたというか。

吉田:少女漫画でも、ヒロインが気になる男子にいきなりキスされてズッキューンとなるのが昔からのお決まりじゃないですか。そこで「うわ、気持ち悪っ」とか「マジで合わん」となる可能性を、今までの恋愛コンテンツは無視してきた。

三浦:紗倉さんがそこに風穴をあけたと。

吉田:そこを見よ、と。パンドラの箱を開けちゃいましたよ(笑)。

三浦:男性も読んだ方がいいですね。

本を読んで人生を深め、出版界を盛り上げよう。

吉田:今日僕がananにのこのこと顔を出したのは、西加奈子さんの『くもをさがす』を推すためなんです。

三浦:乳がんを公表された西さんの初のノンフィクションですね。

吉田:闘病記なのかな…と読むのを躊躇する人がいるかもしれないけど、これは紛れもなく「西加奈子文学」の最新作。ノンフィクションとか関係なく、西さんの小説を読んで一度でも心が震えたことのある人は安心して手に取ってほしいです。

三浦:まだしっかり読めていませんが、わりと淡々と客観的に、病気のことを見つめているなという印象でした。

吉田:リアルな体験よりも少し抑えめに書いてくださっているようなんですが、正直、読んでいて苦しくなる部分もあります。でも、西さんの真骨頂である「光」がちゃんと見える。西さんは初期からずっと希望を書き続けている人ですから。社会問題を思考することができたりブックガイド的な要素もあったりと、全人類におすすめの一冊です。

三浦:日本の女性作家の小説が海外でブームになっていますが、これまでとは少し違う流れも。ドラマ化もされた原田ひ香さんのベストセラー『三千円の使いかた』が、欧米から人気なんですよ。

吉田:それは知らなかったです。節約系のお金小説ですよね。温かくていい話だけど、ちょっと意外な感じもしますね。

三浦:私も最初は驚いたのですが、節約するとか3000円をどう使うかという価値観、モノとの向き合い方が海外の人からしたらすごく面白いみたいです。

吉田:なるほど。なんだか第二のこんまり(R)さんになれそうな予感も…(笑)。

三浦:さっき版権ビジネスの話が出ましたが、原田さんもインタビューで同じことを言っていました。日本の小説家にとって海外はブルーオーシャンだと。

吉田:それは間違いないです。今はまだ海外での受け入れられ方が、異国趣味的な物珍しさが勝っているかもしれないけど、日本人が思う人生観や家族観、人間ドラマみたいなものが向こうの読者に届き始めている気もするんですよね。それにもともと日本の小説はコンテンツが豊富。SFとかミステリーなんて世界でもトップクラスに面白いと断言できるし、そのあたりが発見され始めて流通していくと、びっくりするような展開になるんじゃないかと。ぜひ、なってほしい!

紗倉まなの描く、恋愛描写のリアルさに衝撃。

側にいるとしても、「わかる」ことの難しさ。

book

『ごっこ』紗倉まな
6つ年下の恋人・モチノくんの逃避行に付き合わされてドライブを続けるミツキ。そろそろ資金が尽きそうだ。(ごっこ)恋人、夫婦、友だち…。これは「ごっこ」なのか? 形式を保ちながら背後に蠢いている感情を丁寧に描いた3作を収録。1650円(講談社)

「体が合わない問題」をさらりと俎上に載せた、紗倉まなさんの『ごっこ』。

「このリアルは男性作家には絶対描けない!」と吉田さんは力説。「体が合わない感覚を抱くのは、男性の側にもあります。ただ、ヘテロ男性はおしなべて身体感覚は鈍いです。女性の側の方がセンシティブだし、紗倉さんは“たったひとつの本職”と公言しているAV女優の仕事を通して、考える機会が多かったのかもしれない」

体の相性や曖昧な関係に悩む女性はもちろん、すべての男性に読んでほしいとも。

「別に合わないなら合わないでいいんですよ。それでも一緒にいたいと思う感情の尊さ、それだけでなくてズルさも描いた。脱帽です」

西加奈子初のノンフィクションは「西文学」だ。

がんとの闘病の先の希望と生を描く。

book

『くもをさがす』西 加奈子
カナダ在住時に乳がんが発見された西加奈子さんの闘病と日常生活に対する思いが綴られる。家族や親族のことやカナダと日本の違いなどの描写も興味深い。どんな時代でも生きていくことの希望を描くノンフィクション。4月19日発売。1540円(河出書房新社)

「がんの話だから、ノンフィクションだから…といって、手に取らないなんてもったいない! ずっと主人公たちが“希望”へと至る道のりを描き続けてきた西さんが、ご自身のしんどい経験も生への賛歌に昇華させた、“文学”です」(吉田さん)

がんの発見から寛解までの約8か月を、現実に起きた事件の記録とともに思いを綴る。

「引用される多数の作品を見ると、文学をはじめとした芸術が生み出す側、受け取る側にかかわらず、いかに人を支え、助け、救うかを感じます」(吉田さん)

多数の引用作品は、西さんの思考をたどるブックガイドのようにも楽しめる。

原田ひ香の、お金小説に各国から翻訳オファー!

お金との付き合い方が見えるベストセラー。

book

『三千円の使いかた』原田ひ香
一人暮らしを始めたばかりの美帆。元証券会社勤務の姉・真帆。専業主婦の智子、そして堅実に貯金をしている祖母・琴子。貯金額も世代も異なる御厨家の女性たちが、それぞれの人生でお金とどう向き合っていくのかを軽やかかつ鮮やかに描く。770円(中公文庫)

文庫が88万部の大ヒットの原田ひ香さんの『三千円の使いかた』。中央公論新社の担当によると「コロナ禍でのおうち時間の増加で、投資や貯蓄など“お金をどう使うか”について気になっているときに、実用書より読みやすく、手に取りやすかったのではないか」とのこと。

欧米はもとより、東南アジア、アジアなど言語、文化を問わず多数の国から出版のオファーが殺到しているそう。

「原田さんの読者が気になる実用知識を物語に落とし込んで展開する妙が、世界から見たらとても新しく映ったよう。3000円をどう使うか、という発想はあまりないのかもしれませんね」(三浦さん)

三浦天紗子さん ライター、ブックカウンセラー。女性誌や文芸誌、Webメディアで書評やインタビュー、メディカル記事を担当。著書に『そろそろ産まなきゃ』(CCCメディアハウス)など。

吉田大助さん ライター。雑誌を中心に、書評や作家インタビューなどを手がける。編者を務めたアンソロジー『僕たちの月曜日』(角川文庫)が発売中。ツイッターは@readabookreview

※『anan』2023年4月19日号より。写真・中島慶子 取材、文・熊坂麻美

(by anan編集部)

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