
写真・神藤剛
2026年7月30日、影山優佳さんがデビュー10周年の節目に初エッセイ集『影まで愛して』を発売。今回はその中から、「『横顔が綺麗』は悪口になりうるのか」を特別公開します。
「横顔が綺麗」は悪口になりうるのか
「横顔が綺麗ですね。」という言葉をネット上で目にした。そして私は、どきっとした。
自分が言われたのかと勘違いするような自己肯定感の高さを持ち合わせていたとかではなくて、仮に今回その褒められている対象の人がこの投稿を目にしたとき、どう受け取るのだろうかと勝手に不安視し脳内会議が始まった合図の「どきっ」である。
私たち日本人が社会を生き抜いていく過程は「行間を読む」力を養う場面に溢れている。行間を読む力とは、よく言えば察しのよく、悪く言えば顔色を窺う能力である。
国語のテストではいつも「問:棒線部分の筆者の気持ちを答えなさい」という問題が存在していたし、出された問題には答えなければいけないという感覚が染み付いている。試験の課題になった文章の著者がその問題を解いてみて「分かんねー」ってなっている記事をどこかで見たことをよく記憶している。
SNSに落ちていたそのひとことは、純度100%の誉め言葉なのか、それとも正面からは誉められたものではないという但し書き付きの評価なのか。文末の「。」が余計に難問の雰囲気を漂わせていた。
もちろん、横顔が綺麗なのは当たり前に喜ばしいことである。彫刻だって横から見ると美しいし、横顔に人生が出るなんて言葉もある。そのまま受け取ってしまえば、理屈では何ひとつ問題がない。
それでも、「解釈の余地があるのでは?」とか「一方の側に立つことで反論を引き出したいのか?」などと考えてしまう。誰も言っていないことを、勝手に補足して、勝手に傷つきかける。そんな無責任な思案をして傷つくのは褒められている人と褒めた人であるほかないのに。
我ながら、だいぶうざったい。
自分の隣にこんなのがいたら「ほっとけ」と突き放してあげたい。
この思考の癖、どこかで見聞きした覚えがあると思ったが、昔聞いた痴話喧嘩の話だ。自分が浮気をしているから、相手も浮気しているに違いないと疑ってしまう、あの構図である。相手の行動を見ているようで、実は自分の内側をさらしているだけだということに気づいた瞬間、落胆した。私は世界を多角的に客観視しているつもりで、悪口ばかりの自分の歪みを投影しているだけなのかもしれない、と。
鏡は私たちをそのまま写してくる。
こうしたひねくれ考察の背景には、これまでの人生で自分の発言が意図せず誰かを傷つけてしまった山ほどの経験が存在する。
冗談のつもりだった一言が、相手の中で長く澱となっていたり、私目線の純粋な褒め言葉が、実は一番触れられたくない部分を突いてしまっていたりした。
その反省を活かしてなのか、自分の言語化に他者の思考というフィルターをかけるように努めるようになった。併せて、私自身も受け取る言葉をそのまま信用することは少なくなった。
と、たいそうなことを言っておきながら懲りずに傷つけておうちで反省会ばかりの日々である。ごめんね。
言う側と言われる側での言葉の「色」の認識が違うシチュエーションは色々ある。
「意外としっかりしてますよね」という言葉はわかりやすい例として挙げられる。
感心を示すフレーズではあるが、「意外と」という部分に重心を置くと、第一印象や今までしばらくの間はしっかりしていないと思っていたとカミングアウトしているように聞き取ってしまう。「思ったよりちゃんとしてる」と言った言い方も、あえてその言い方を選んだという点に注目したくさせられる。
「変わってるね」はトップクラスセンシティブワードである。個性に関する評価なのか社会性に関する注意喚起なのか。
日本語は対象の輪郭をぼかすものが多く、解釈の余地を与えるコミュニケーションだ。ゆえに、分からないものに対する不安も生まれる。
「気にしすぎ」と言われればそれまでの話だ。
ここまで長々とお付き合いさせる必要は本来ない。読んでくれてありがとうございますほんとに。
私の人生は、大切な人との会話ほど怖いと思わせるものだった。ファンの方と直接お話しする機会がうまくつくれていない。それは、ひょんな言葉が鋭利な刃物に変わるリスクを、私は考えなければいけない人間だと思っていることが大きく影響している。
思っているよりも、勝手に転がっていく。転がり落ちないように、慎重になろう。目の前の人が傷つかないように。
すると、無難な言葉しか出てこなくなる。無難であることが誠実なのかどうかすらよくわからないけれど。「横顔が綺麗」が話し手のよろしくない意図を持って悪口として発せられることもあれば、コンプレックスをピンポイントで的中させられた言われる側が悪口として受け取ることもある。
でもその一方で、屈折のない澄み切ったあたたかな言葉も同じように存在する。
身を切り崩して曝け出して与えてくれた正面の評価に、勝手に補助線を引かない。
存在しない減点を作らない。
私はここから始めないといけない。
影山優佳さんのエッセイ集『影まで愛して』は2026年7月30日発売!

『影まで愛して』
本書はアイドルグループ卒業後、俳優として活躍する影山優佳さんによる初のエッセイ集です。「本当の自分=影を伝えたい」という思いを込め、「ほめ言葉をそのまま素直に受け取れない自分」「自分に限界をつくり諦めてばかりの自分」 といった……「本当の影山優佳」を文章で明かしています。巻末には購入者だけが楽しめる撮り下ろし写真による「袋とじ」ページなど、影山さんのビジュアルも存分に楽しめる一冊です。
【影山優佳さんコメント】
25歳となった今年は芸能活動10周年の節目の年でもあります。自分を知ってもらうことが苦手な私のほぼ全てが詰まっています。読み終えた後には私はもう跡形もなくなってしまうんじゃないかというくらいにはありのままで曝け出しております。あれやこれや、アディショナルタイムの「袋とじ」の私まで、知り尽くしてもらえたら幸いです。
発売日:2026年7月30日
予価:2,200円
体裁:四六版並製
ページ数:本文ページ数176P/ビジュアルページ数20P(口絵4P+本文カラーページ8P+袋とじ8P)
Profile
影山優佳
かげやま・ゆうか タレント。2001年5月8日生まれ、東京都出身。0型。2016年5月8日「けやき坂46(現・日向坂46)オーディション」に合格しデビュー。多くのバラエティ・クイズ番組でも活躍、MENSA 会員になったことでも話題に。また『2022 FIFAワールドカップカタール』でコメントや予想で注目を集めた。2023年7月19日に卒業コンサートを開催し、グループを卒業した。現在はドラマや舞台など俳優業を中心に幅広く活動している。2026年7月、デビュー10周年の節目に初のエッセイ集『影まで愛して』を刊行。
































