――単行本デビューしてすぐに退職されたそうですね。思い切った決断ですよね。
新川帆立(以下、新川):実はデビューする前からそう決めていました。2020年に受賞が決まり、退職は単行本が出た’21年の1月末ですね。辞めた翌朝、「きょうからはもう会社に行かなくていいんだ!」とすごい幸せな気持ちになって、この幸せを手放したくないと(笑)。たまたまデビュー作が売れましたが、売れる売れないにかかわらず、最初の3年くらいは執筆に全集中しないと作家として生き残れないかもしれないと必死だったので、むしろ兼業は考えませんでした。
――作家という仕事についてなんとなくのイメージがあったと思いますが、いまのような劇的な変化を迎えてみていかがですか。
新川:想像していた世界と大きな違いはなかったですね。いざやってみたら、始業時間でも何でも自分で決められるのがいい。私は、人と会わなくても孤独を感じたりしない方なので、結構、性に合っていました。プロットを立てるのが苦手だったり、初稿時に漢字の変換ミスや人名間違えとかが壊滅的に多かったり、自分でも「作家としてどうなのか」と思うところもありますが、調べものや取材は好きですし、何より書くことがいちばん楽しいんです。
――プロットを立てるのが苦手というのは、さまざまなインタビューでも言われてますね。けれど、これだけバラエティに富んだストーリーを発表していらっしゃるので、意外です。
新川:たとえば、ある場面で、AさんとBさんが会話しているとします。そのAさんが発したひとことでBさんの気持ちが変わり、それを踏まえてBさんの次の行動も決まってくるというのがあるんですよ。書き進めることで初めて、そのときのAさんやBさんの心情も具体的になるというか。肝心のひとことがプロットだけでは想像できないんですね。私自身も実際に文章にして「あー、わかった」と腑に落ちるところがあります。打ち合わせのときに、ある程度のあらすじをくださいと言われることが多いので一応は出すのですが、実際の物語は、アイデア通りにはなかなか展開しませんね。
現実にいそうと思えるリアルな女性を書きたい。
――新川さんの小説の女性主人公は、それぞれ個性的ですよね。「元彼の遺言状」シリーズの弁護士・剣持麗子をはじめ、最新刊『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』でも、一見おとなしそうに見える木村琴美(「動物裁判」)や、勝ち組に見えてとあるコンプレックスに悩む寺田万里子(「自家醸造の女」)、意地とプライドで火花を散らす女性雀士の塔子と由香里(「接待麻雀士」)など、みな強いけれど欠点もあって、等身大で感情移入できるキャラクターです。女性を描くときに意識されていることは。
新川:私自身、一部の小説での女性の描かれ方に不満があったんですよね。「こんなに都合のいい女性はいないでしょ」と感じる登場人物が出てくると興醒めしてしまう。読者の気持ちに立ってみると、何よりリアリティが大事だなと。一方で、私の作品が“キャラ立ちしている”と評されることがあって、実はそれが少し不満なんですね。キャラ立ちというと、現実より濃いめに味つけしているというか、強烈にデフォルメしたようなキャラクターに捉えられているのかなと思って、忸怩たる思いになる。私自身は、「どこかにいそう」と自分でも信じられるような人物だけを書いているつもりなんです。たとえば、一緒にドラッグストアに行ったら、あのキャラクターなら「この化粧品を買いそうだな」とか「絶対にドラッグストアコスメを使わなそう」とか。Netflixでは何を見るか、どんなファッションが好きか。いちいち作中では書きませんけれど、自分の中ではそれが何となくわかるくらいの距離感で捉えているんです。実際、そのくらいしっくりきたキャラクターでないと続きを書けない。ミステリーは謎が大事で人物は人形的、記号的でもいいという読者さんもいるでしょうが、私はどうにか人間味も足して両立させたいと思っているんです。
――最新刊には、リーガルSFと銘打ったユニークな6編が収録されています。令和が〈礼和〉や〈零和〉などになって、それぞれ動物に人間と同じ権利を認める〈動物福祉法〉や、現金を廃止する〈電子通貨法〉など架空の法律がある社会が舞台。スラップスティック的だったり、痛快だったり、ブラックだったり、読後感もバラエティがありますね。
新川:『令和その他の~』に収録した「接待麻雀士」という短編を書いたときに、その架空法律の部分が面白いと編集さんが言ってくださったんですね。
――健全な麻雀賭博を奨める〈健雀法〉が制定されて賭け麻雀が合法化されたけれど、それを悪用して賄賂を贈る違法麻雀接待がはびこるようになって…という設定、いつか本当にそうなりそうです。
新川:そうした“もしも”を織り込んだ法律とオムニバスドラマの『世にも奇妙な物語』のようなズレたパラレルワールドを合わせて見せることで、現実の解像度がクリアになったりするといいなと思い、あえて現実からほんのちょっとだけ狂った設定を並べてみました。
――法律だけでなく、各編の背景になっている題材もユニークでそそられました。どんなふうに決めていったのですか。
新川:いまっぽいトピックを編集者さんにお題として挙げてもらい、そこから連想していきました。SFって一般的には自然科学だと思われていますけれど、法学みたいな社会科学だってサイエンスなんですよ。自分が法学を学んでいたからよけいそう思うのかもしれませんが、新しい技術が生まれれば、世の中の人の考え方が変わっていくように、新しい法律が制定されたら、新しい常識ができてくる。すると、それに振り回される人も現実に出てくると思うんですね。その悲喜劇を描いていると、やっぱり社会の課題や矛盾みたいなものも引っ張ってくることになるんですよね。
――そういう意味で、新川さんの書く作品って社会派でもあるのかなと思ったりします。
新川:やはり切実なテーマじゃないと、読者も時間を割いてまで読みたいと思わないんじゃないかなーと。なので、自分にとっても切実で、世の中の人もきっと切実に悩んでいるだろうという状況や心理を書いていこうとは思っています。たださすがに社会派と言われたことはないですね。強いて言えば人間派ということで(笑)。
デビューからわずか2年で短編集や長編など8作品を出版。アニマルライツ、メタバース、バーチャルリアリティ、安楽死問題、キャッシュレス社会など、イマドキの話題を織り込んだ『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)は、興味深い短編揃い。連載していた離婚弁護士ものを、春ごろに刊行予定。
しんかわ・ほたて 1991年、アメリカ合衆国テキサス州ダラス生まれ、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒、同法科大学院修了後に弁護士として勤務。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年に受賞作『元彼の遺言状』でデビュー。同シリーズほか、「競争の番人」シリーズ、『先祖探偵』など著書多数。現在、イギリス在住。
※『anan』2023年2月8日号より。写真・土佐麻理子 インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)