お正月にはおせち料理とお雑煮を食べ、1月7日の朝には七草粥を食べる…。そのように日本には、季節行事に合わせて食べる〈行事食〉というものがありますが、実はそこには古くからの言い伝えや、季節との深い関係があるのです。
「私たちは季節の移ろいとともに生きていて、季節の移ろいと行事は関係している。季節、すなわち自然との関わりの中で安らぎを得たり、そういった情緒の中で心を潤したりしながら生活をする。それが本来の、生きるという意味だと思います」
と言うのは、料理研究家の土井善晴さん。主に日本の季節行事は、家内安全や無病息災などの幸せを祈る〈祀りごと〉であり、それは同時に、自分の心を改めること、と言います。
「日本人にとってお正月は、新しく生まれ変わる日です。新しい年を迎えて、お雑煮を食べて、“今年は○○するぞ”と心に誓い、改めて頑張ろうと思うでしょう? でも、昨日と同じ散らかった部屋で食べていたら、やっぱり改まらない。身ぎれいにし、部屋を整え、器などもきれいにする…、そういった〈形〉があって初めて、改まるものでしょう。また〈祀りごと〉は神様に祈願をするものですから、新しくする、きれいにすることで、神様が家に降りてきてくれるという意味もあるんです」
〈お決まり〉を続ける。それ自体が幸福である。
行事食に限らず、毎年同じ行事を繰り返し、同じ食事をすることにこそ、意味がある、と土井さん。
「日本人って、〈お決まり〉が好きでしょ? 例えば年末に(ベートーヴェンの)『第九』を歌うとか(笑)。みなさんもそれぞれ、必ず毎年やることってきっとありますよね。何年か続けるとそれが自分の節目になるし、“今年もまた、これができた”と安心することが幸せなんです。それを毎年やること、家族でやることがすごく大事なんですよ。その、〈お決まり〉を毎年重ねる喜びを共有することで、人は、人生に秩序ができるんです」
毎年誰にでも必ず巡ってくる季節。2月の節分には豆をまき、3月の雛祭りにははまぐりのお吸い物を飲み、ちらし寿司を作る。季節の行事は誰でも楽しめるし、その楽しんだ気持ちと食の味わいは、時間が経っても思い出として心に残る。
「おばあちゃんとかがよく、“今年もまた初物が食べられた”とか、“山菜の季節が来た”などと言って、喜んでいたのを覚えている人も多いでしょう。もちろんそれは、旬の食材が食べられる喜びもありますが、家族がみんな揃って無事に一年過ごせたという喜びを、食を通して受け取り、実感していることの表れ。それって、本当に幸せなことだと思う。極端に言えばそれだけでいい。そのくらい価値があることなんです。毎年毎年同じことを繰り返すことの喜びを重ねるうちに、いつのまにかそれが、生活の土台になる。それこそが、幸せな人生ですよ」
自分で料理をしてこそ実感できる幸せがある。
行事食は、旬と地域の食文化がリンクし、そして理にかなっているというところもまた魅力。
「例えば七草粥は、お正月で疲れた胃腸を休めるのに七草が一役買ってくれたり、鏡開きは年末から飾っていたことで乾燥したお餅を美味しく食べる知恵がたくさん詰まっている。また、初午(はつうま)に食べるいなり寿司や雛祭りのちらし寿司は、大勢の人が食べるので、お腹を壊さないように殺菌効果のある酢を使って調理がされています。季節と料理、そしてその土地にまつわるあれこれを解きほぐしていくことで日本の豊かな食文化の存在を知ることができるんです」
そのためには、実際に自分の手で、料理を作ってみることが大事。自らやってみることで、初めて感じられる幸せがある。
「子供の頃は、親が用意をしてくれるし、さらに“やらされてる”感がありますから、そんなに楽しくないもんですよ(笑)。でも自分で料理をすると、いろんなことが理解できますし、とても楽しい。そして自分の行動が幸せにつながるということを実感できる。やらないとわからない幸せもあるんです(笑)」
変化も大切だけれど、ずっと変わらずなにかをやり続け、守り続けることにも、同じ尊さがある。
「ということで、騙されたと思って、なにか一つを始め、そしてそれを長く続けてみてください。毎年それを行うことで、それこそ鏡餅を重ねるように、安心や自信、そして幸せが増えていくと思います。毎年、“あ、七草粥の日が来たな”と思う、それ自体が幸せだということに、ぜひ気が付いてほしい。そして家族やパートナーができたら、みんなでそれを続けてくれると嬉しいです」
どい・よしはる 料理研究家。1957年生まれ、大阪府出身。大学卒業後、スイス、フランスでフランス料理、大阪で日本料理を学び、独立。旬の献立・家庭料理をレシピ動画で紹介するアプリ「土井善晴の和食」が好評。
※『anan』2023年1月11日号より。写真・内山めぐみ
(by anan編集部)