〈サリバン先生〉の誕生が、私を変えました。
末っ子の女子ゆえ、家事を押し付けられてはいましたが、なんだかんだ姉や兄にはわりと可愛がられて育ったこともあり、人に頼るのが当たり前なところがあったんです。なので東京に出てきて仕事を始めたときに、結構すぐ、「誰か助けてくれないかな」的な気持ちが芽生えてきて、ものすごく情けなくなりました。私は漫画家になるために、それこそ高校時代は他のことをすべて諦めて努力をしてきて、やっとこの場所にたどり着いた。将来「ぜひ描いてください」と、執筆を乞われるようなレベルの漫画家になるためには、この甘えた性格を変えなければ絶対に成功しない、そう思ったんです。そのときに、私の中に、〈サリバン先生〉が誕生しました。
私が「えー、できるかなぁ」とか弱気になると、サリバン先生が私を「ふざけるな、やるんだよ!」とバコーンと殴る(笑)。それを繰り返しているうちに、ある日ヘレン・ケラーでいう「ウォーター!」が起きたんです。
高い壁を越えた先にこそ、物事を成し遂げた快感が。
たぶん戦い始めて1年後くらいに、「あぁ、プロの漫画家とはこういうことなのか!」と目覚めた瞬間がありました。そこから私の性格がガラリと変わった。甘えたところは一切なくなったと思います。
今思うとそこにたどり着けた理由としては、物事を心底頑張り何かを成し遂げる、その快感を理解したのがまず一つ。そして成し遂げる前には、必ず大きな苦労があることも体感しました。それを知ってからは、なにか大きな壁に当たると、「私は今、これまで越えたことがない高さの壁に挑戦していて、実はゴールのすぐ近くまで来ている」と前向きに捉えられるようになった。そうなるともう、つらいことが起きると、「私のネクストステップ、来た!!」とむしろ嬉しくなったり(笑)。
今本当につらくてどうしていいかわからないという人には、それはチャンスであって、そこを越えれば行きたかった場所にたどり着けますよ、と伝えてあげたいです。
いちじょう・ゆかり 漫画家。1949年生まれ、岡山県出身。代表作に『デザイナー』『有閑倶楽部』『プライド』など。今年エッセイ集『不倫、それは峠の茶屋に似ている たるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集』(すべて集英社)を発売。
※『anan』2022年11月30日号より。写真・中島慶子
(by anan編集部)