「最初は編集者さんと、理系の人を書こうと話していたんです。家族というテーマにも興味があったので、理系の学者を軸とした家族の物語になりました。数世代の話にすることで、時代や価値観、家族観の変化も書けたらいいなと思っていました」
第1章の舞台は1958年。スミが奉公する藤巻家の息子・昭彦は気象学の研究者。いつも空を見上げてばかりのちょっぴり不思議な青年だ。
「空のことで頭がいっぱいで、地上のことにはあまり興味がない人、というところからイメージを膨らませていきました」
そんな彼もやがて結婚し、子どもが生まれ…。令和に至るまでの藤巻家が描かれるが、各章の視点人物は家庭教師や隣人の主婦など、主に家族外の人物である。
「家族の外の人から見たほうが、この一家の不思議なところ、面白いところがより鮮やかに伝わるかなと」
章を進めるごとに親子の関係も変わっていく。時にはすれ違ったり、疎遠になったりすることも。
「家族の中でも変化ってありますよね。小さい頃は反発していても、大人になるにつれ親心が分かったり、子どもが生まれてメンバーが増えて関わり合い方が変わったり」
また、時代が進むにつれ、家族観や女性の生き方、さらには、研究に対する考え方の変化も見えてくる。
「藤巻博士のように学問を追究する人の根っこには“知りたい”という情熱があると思うんです。でも最近は、学問でも“人の役に立つか”どうかが重視されるようになってきていますよね。そのバランスに悩む人も登場させました」
そんななか、博士はいつだって人の好奇心を肯定してくれている。
「年を経て多少は円熟しつつも、芯はぶれないイメージです(笑)」
天気も時代の流れも家族内の関係も、時に望むようにはいかないが、
「自分でどうしてもコントロールできないことってある。そのなかでどう生きていくか、考えて工夫していくしかないのかな、と。書き上げてからようやく、そうしたことが描きたかったのかなと気づきました」
温かくおおらかなこの物語をぜひ。
たきわ・あさこ 1981年、兵庫県生まれ。2007年『うさぎパン』でダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区桃栗坂上ル』『うちのレシピ』『ありえないほどうるさいオルゴール店』など。
『博士の長靴』 二十四節気ごとに行事のある藤巻家。一人息子の昭彦は天気の研究に情熱を傾けた人。そんな彼から始まる家族4世代を描く連作短編集。ポプラ社 1650円
※『anan』2022年4月20日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)