合理的じゃない純愛にも人間らしい美しさがある。
ハッピーエンドのわかりやすいラブストーリーより、観賞後に余韻が残る作品に惹かれてしまうという霧島れいかさん。俳優として『ノルウェイの森』や『ドライブ・マイ・カー』など名作文学を原作とする映画で活躍してきた彼女にとっても、“愛”は答えの見えない永遠の未解決問題だという。
「普段は韓国の恋愛ドラマや大好きなブラッド・ピットの映画をチェックして目の保養をすることもありますが(笑)。観賞後、記憶に残るのは、ちょっと複雑でイビツに見える愛のカタチが描かれた作品です。愛というものをわかったつもりになっていた自分に、新たな問いを与えてくれるような…。そんな傾向を反映して、今回は“クセの強い”作品ばかりを選んでしまいました」
実際、他者と愛を育むのは簡単なことではなく、嫉妬心や不信感を募らせ、見苦しい姿を晒してしまうことも。スマホのような便利なツールがない時代は、恋人同士のすれ違いも多かったからこそ、愛に翻弄されてきた人間の歴史が名作映画には刻まれている。
「抑えられない衝動に突き動かされてしまい、愛に振り回される登場人物の姿が、今の若い人たちには痛々しく見えるかもしれません。でも、たとえ合理的ではなくても、愛を求めてガムシャラに突き進む恋人たちの物語を、私は美しいと思うんですよね。むしろ、第三者から見たら障害だらけの非効率な恋愛でも、諦めずに貫きたくなるのが“純愛”なのかなと。『オアシス』や『COLD WAR』は、そんな生々しくも人間らしい純愛を描いた作品としてセレクトさせてもらいました」
「この人だ!」と思ったら、周囲に何を言われても自分の気持ちを貫きたい。最初は多くの人がそう思うけれど、実際に行うのは難しいのも事実。些細なきっかけで相手を疑ってしまったら、途端に愛は歪んでしまうことも。
「結局のところ、純愛=相手を一途に信用することだと思うんです。どこまで自分の気持ちを突き通せるか、なのかなと。反対に相手のリアクションを求めていると、何かが起きるたびに不安を掻き立てられてしまう。間違った方向に意識と熱を注いでしまい、どんどん不幸の連鎖が起きてしまうような気がします。『さざなみ』や『ドライブ・マイ・カー』は、そういった人間の心の迷いが丁寧に表現されている秀作。お互いにひとつも隠し事がない状態が愛なのか、どこまで相手を信じるべきなのかと、それなりに経験を積んだ大人でも判断が難しいテーマが内在している作品だと思います」
また映画を通して、そういった複雑な感情を味わえば、想像力に広がりが生まれることも。さらに人間の強さや弱さ、多様な価値観を知り、他者を受け入れる準備が整うこともある。少なくとも作り手側は、そんな願いを込めて撮影に挑んでいると霧島さん。
「生々しい描写が苦手で、セックスシーンに嫌悪感を抱く人もいるかもしれません。それは生理的な感覚なので仕方がないですが、ネットを介したコミュニケーションばかりで、人と向き合うことから離れてしまうと、コミュニケーションにおいて相手の気持ちを推し量る想像力を失ってしまう気もします。結果的に、自分しか愛せないことになってしまいかねないと思うんです。だから、ときにはこういった感情のうねりを描いた映画もチェックして、友達と感想を共有してみてほしいですね」
“変化球”の作品ばかりではなく、ときには王道のラブストーリーを観て、原点に戻ることも大切だと考えているそう。
「私も幅広いジャンルの作品を観るようにしていますが、なんだかんだ言って、恋愛系に関しては王道の作品にときめいてしまうんですよね。以前は謎めいた男性に惹かれたり、悪そうな男性に振り回される恋愛に憧れる時期もありましたが、いろんな経験をしたうえで、今は何周か回って原点に戻りたい気分なんです。久しぶりに『ロッキー』を観て、“やっぱりコレでしょ”って思ったりして(笑)。ロッキーみたいに、自分のために真っすぐに戦ってくれる男と愛し合うことも女の幸せ。まだまだエイドリアンになりたい願望を捨てきれない今日この頃です」
なりふり構わず求め合う無様で美しい純愛のカタチ。
『オアシス』 ひき逃げ死亡事故で服役していた青年ジョンドゥ(ソル・ギョング)は、出所して家族と再会するも社会不適合者として疎まれてしまう。後日、被害者の娘である脳性麻痺の女性コンジュ(ムン・ソリ)と出会い、互いに惹かれ合う。「世間体や偏見で埋め尽くされた社会から疎ましく思われても、なりふり構わずに二人だけの世界を築いていく。本能的に求め合う様子が生々しく、無様で、だからこそ美しくも見えてしまいます。愛が通じ合ったときの人間の強さを感じ取れる作品ですね」。Blu-ray¥5,170(ツイン)© 2002 Cineclick Asia All Rights Reserved.
長年築き上げた愛にほころびが生じる。犯人は自分の嫉妬心。
『さざなみ』 長年連れ添った夫婦の元に、1通の手紙が届く。それは夫の元恋人の遺体が発見されたというものだった。「夫が過去の恋愛を反芻するようになり、妻はもうこの世に存在しない女への嫉妬心や夫への不信感を募らせていく。この映画を観ると誰もが、『愛とは何か?』と考えさせられると思います」。DVD¥4,180(TCエンタテインメント)©The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2014
抑圧されてきた性欲を解放する。その愛は狂気だった。
『ピアニスト』 厳格な母親に厳しく育てられたピアノ教授のエリカは、性的に抑圧されて育ったため歪んだ性欲を肥大化させていた。「年下の美青年にアプローチされ、エリカはずっと妄想の世界で楽しんでいた性的嗜好を打ち明けます。でも期待していたような喜びは得られず、彼とすれ違い…。極めて人間らしい姿に圧倒されます」。DVD¥4,180(TCエンタテインメント)©2001 Wega Filmproduktionsgesellschaft MBH/ MK2 SA/ Arte France Cinema/ Les Films Alain Sarde.
冷戦、亡命、逃避行。恋人たちが命がけで愛を貫く時代の物語。
『COLD WAR あの歌、2つの心』 冷戦下の1950年代、時代に翻弄される恋人たちの姿を、美しいモノクロ映像で描き出す。「政府に監視されながらも再会を諦めない二人。愛を貫くという選択の重みを感じられます」。Blu-ray¥5,280(発売元:キノフィルムズ/木下グループ 販売元:ハピネット・メディアマーケティング)© OPUS FILM Sp. zo.o. / Apocalypso Pictures Cold War Limited / MK Productions / ARTE France Cinema / The British Film Institute / Channel Four Televison Corporation / Canal+ Poland / EC1 Lodz / Mazowiecki Instytut Kultury / Instytucja Filmowa Silesia Film / Kino Swiat / Wojewodzki Dom Kultury w Rzeszowie
肉体も精神も強い男が一途な愛を証明する!! 不朽の胸キュン作品。
『ロッキー』 スラム街に暮らす4回戦ボクサーのロッキーが、愛する女性エイドリアンのために世界チャンピオンと死闘を繰り広げる。「一途に気持ちを向けてくれて、不屈のメンタルで逆境に立ち向かう。実は『ロッキー』こそ、乙女心を強く刺激してくれる男性像が描かれた完璧な恋愛映画。言わずもがな、スタローンの肉体美は理屈抜きで女を惑わせます(笑)」©Everette Collection/アフロ
大切な人の秘密を探り、真相を暴こうとする。それは“愛”なのか?
『ドライブ・マイ・カー』 演出家の家福悠介(西島秀俊)が、広島の滞在先から仕事場へ愛車で向かう道中で、2年前に亡くなった妻(霧島れいか)が残した秘密に気づいていく。「誰しも少なからず秘密があるなか、相手の全てを知ろうとすることが愛と呼べるのか、どんな真相が待っていても、受け入れることができるのか、愛をめぐる奥深い問いかけに満ちた映画だと思います」全国公開中 ©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
霧島れいかさん 1972年生まれ。新潟県出身。モデルとしてデビュー後、’98年から俳優として活動し、多数の作品に出演。米アカデミー賞4部門にノミネートされた『ドライブ・マイ・カー』にも出演。ミステリアスな存在感を生かし、数々の作品で色気をまとう女性を体現してきた。
※『anan』2022年3月9日号より。イラスト・green K 取材、文・浅原 聡
(by anan編集部)