クラゲは空から降ってくるのか? 現役大学生による驚きのデビュー作。
高校2年生の越前亨(えちぜんとおる)は、作家だった父を病気で亡くしてから心を閉ざしている。彼が図書委員として一緒になった後輩の小崎優子(こさきゆこ)は、毎日、屋上で雨乞いならぬクラゲ乞いをしている――小説現代長編新人賞受賞作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』で作家デビューを果たした鯨井あめさんは現役大学生。執筆歴は実に11年!
「好きな小説の真似をして書くことから始めて、5年ほど前からネットに投稿していましたが、去年、一回全力で書いたもので挑戦してみようと思って新人賞に応募しました」
その作品で見事受賞したわけだ。本作の出発点は、クラゲが降る様子が頭に浮かんだこと。もちろん、クラゲは空から降るものではない。
「小崎も最初は“不思議ちゃん”と呼ばれています。ということは、作中のどこかで“不思議ちゃん”じゃなくなる瞬間がくる。その瞬間を書きたいと思ったのを今でも覚えています。誰かが変わる瞬間って、ちょっとわくわくするんです」
クラゲ乞いの意外な理由が見えてくるなか、頑なだった亨のものの見方にも、少しずつ変化が。
「小学生の頃に読んだ問題に“A君はそれを長方形と言い、B君はそれを円だと言う”というのがあって。答えは円柱です。世の中ってそんなふうに、別の角度から見ると違って見えることは多いんじゃないかと思って。事実は変えられなくても、とらえ方を変えることはできる」
友人や先輩、事情ありげなクラスメイト、教師ら周囲の人物造形も実に丁寧。物語展開も、意外性に満ちて巧みだ。
「ものすごく集中して書いたので、細かいところをどう決めたのか覚えていないんです(笑)。ただ、書いている間、すごく楽しかった」
図書委員の話だけに実在の作家名や書名が続々登場。彼らが本について語り合う様子がとっても楽しそう。
「そこはノリノリで書きました(笑)。登場させた本はあまり偏らないようにしましたが、出したいのに出せなかった本もたくさんあります」
というように作中人物だけでなく、著者自身の本への愛も伝わってくる。
「小説って文字だけでできているのに、感動したり、びっくりしたりできる。それが小説のすごいところだと思うし、自分もそういうことができる作家になりたいと思います」
鯨井あめ『晴れ、時々くらげを呼ぶ』 高校生の越前亨は人と関わることが苦手。だが、屋上でクラゲ乞いをする“不思議ちゃん”の後輩・小崎優子と図書委員で一緒になって…。講談社 1300円
くじらい・あめ 1998年生まれ。兵庫県出身。2015年より小説サイトに短編、長編の投稿を開始。‘17年「文学フリマ短編小説賞」優秀賞を受賞。初めて新人賞に応募した本作で受賞を果たす。
※『anan』2020年8月12日-19日合併号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)