「セックスをしないでも仲のいい、同棲中のカップルというのがまず浮かんできたんです。展開はそのつど考え、『こうだったらもっとつらいだろうな』と薫が思うような状況に、少しずつ追い込んでいきました」
高瀬隼子さんの『犬のかたちをしているもの』の主人公は、〈わたし〉こと間橋薫(まはしかおる)。卵巣の病気をきっかけに性交に抵抗を感じるようになり、それで別れた恋愛も経験している。〈セックスしなくなるよ、わたし〉と言う薫に、いまの恋人・郁也は〈薫のこと、好きだから大丈夫〉と答えてくれた人。実際、セックスレスになってからの方がずっと長い。そんなある日、郁也は、自分との子を妊娠している〈ミナシロさん〉という女性に、薫を引き合わせる。ミナシロさんから「産むけれど、薫と郁也にもらってほしい」と告げられ、薫はあらためて、愛や子どもを持つことの意味を考え始める。
「薫、郁也、ミナシロさん…、それぞれの立場に身を置いてみたら、どの葛藤も困惑もわかるというか、彼女たちが『こうなったかもしれない自分』に思えたんです」
郁也とミナシロさんは金銭を介した性のみの関係で、ふたりの間に愛はない。それでも、薫の気持ちは千々に乱れる。
また、ミナシロさんの数々の言葉にハッとする読者も多いだろう。たとえば〈わたしは子どもを育てないけど、産むわけだから、なんか、クリアした感じ〉。出産も、女性自らが望んで、というだけでなく「なんとなくそうすべき」と思いがちなことだ。女性というだけで、当たり前のように課されてきた役割やタスクへの違和感を問いかけてくる。
「子どもの頃から友だちが『いつか結婚したい、子どもが欲しい』と無邪気に言うのがよくわからなかったんです。それは自分の親とかを見ていて、ひとつの理想として『あんな人生が欲しい』という意味なんでしょうが、『子どもがいる人生が欲しい』と『子どもが欲しい』は、重なる部分はあっても、実は別の話という気がするんですよね」
[gunosy]
→最強のモテ女を描く? 林真理子、名作『風と共に去りぬ』の新訳に挑戦もチェック!![/gunosy]
本書には、女性にとってのたくさんの問題提起が含まれている。
「読者からの感想を見て、確かに女性の苦しさを書いていたのだとあとから気づきました。これからもそうしたテーマで書いていきたいです」
たかせ・じゅんこ 1988年、愛媛県生まれ。立命館大学文学部卒。2019年、本作で第43回すばる文学賞を受賞し、デビュー。次回作は、歩きスマホの問題にもの申す作品になる予定。
『犬のかたちをしているもの』 愛のあるセックスとは何か。したくない気分の相手に性行為を求めるのは愛と呼べるのか。性なき愛は可能か。自問自答しながら読みたくなる。集英社 1400円
※『anan』2020年4月15日号より。写真・土佐麻理子(高瀬さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)