「たとえばホクロやソバカス、小さい頃につけちゃった傷痕とか、一般的に良しとされる美しさとは違うものに愛おしさを感じます。コンプレックスに感じていることも含めてその人を構成している一部で、魅力で、取り去ったり治したりする行為も含めて面白いなぁと思うのです」
歯並びがコンプレックスの椎葉は、空気を読んで言いたいことを呑み込んでいるような女の子。あるとき、勉強も運動もできる人気者の彼氏・三辻から歯並びを茶化されてしまう。
「歯は柔らかい人体のなかで一番硬く、攻撃的で原始的なエネルギーの象徴みたいだと思うのだけど、普段は隠されている。歯を出発点に、主人公たちの表からは見えない隠れた攻撃性を描いてみたかったんです」
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そんななか三辻と同じクラスで変わり者扱いされている美術部の伸が、デッサンのために歯を触らせてほしいと依頼。半ば強制的に応じさせられるものの、なぜか椎葉は伸の前だと言いたいことを言えるのだった。
「10代とか20代前半の頃の特徴といえる困難のひとつって、他者との関係やそれを受け取る心の一番柔らかい部分の感受性が剥き身で、擦れていないところにある気がします。良くも悪くも真っ向勝負というか。大人になるとそういった場面の難しさや面倒くささにある程度慣れていきますが、感受性が鎧を着て外からの刺激に強くなることは、同時に鈍くなったとも言えるよなあ……と」
椎葉、三辻、伸、それぞれの視点で物語が展開するにつれ、意外な面が浮かび上がってくるのだが、周囲が抱くイメージと自己認識の乖離は、大人でもままあること。多感な時期というのも手伝って、本作はそれをより生々しく見せてくれる。
「高校生という、子どもとして扱われるのに大人としての振る舞いも求められる板挟み状態や、未来への不安、好きな人がいたり、仲のいい子や苦手な友だちがいたり……、私自身がかつて経験した苦しさと喜びを抱えた時期の愛おしい部分を排除したくなかったんです。“正しくなさ”と“好ましくなさ”を持った人たちが、あがいてそれでもまっとうに大人になっていく話でもあるので」
アルバムをめくるようにいろんな感情が押し寄せてくるだろう。いびつさを美しいと思えるほど大人になったことに一抹の切なさを覚えつつ。
『真夏のデルタ』 歯並びがコンプレックスの椎葉、人気者を必死に演じている三辻、嫌われることに恐怖や不安のない伸。相手の言動をきっかけにそれぞれが変わっていく群像劇。祥伝社 920円 ©綿貫芳子/祥伝社フィールコミックス
わたぬき・よしこ 第64回ちばてつや賞一般部門にて「ヘミスフィア」で佳作受賞。著書に『オリオリスープ』全4巻。Twitterアカウントは@atomicsource
※『anan』2019年12月11日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・兵藤育子
(by anan編集部)