川沿いの風変わりなアパートに集う、優しくて不器用な人々の幸せ探し。
誰とも関わらず、ひっそりと生きていくのだという虚無感を抱えたムショ帰りの山田。孤独な暮らしが始まるはずが、住まいを、昭和の匂いを漂わせた川沿いの「ハイツムコリッタ」に決めたことで、住人たちとの思いがけない出会いが生まれて…。
「山田の人物像やストーリーのヒントは、いくつかのきっかけが重なったことでした。何年か前に見た、カフェ難民のドキュメンタリー。知人の孤独死を知ったことも大きかったですね。貧困、虐待、孤独死など、自分とは遠いものと思っていた事柄が、案外身近なことかもしれないと感じるようになったんです」
「ムコリッタ」という風変わりな呼び名のアパートに住んでいるのはみなワケありな人々。大家の南さんはシングルマザー。場面緘黙(かんもく)症の子どもとふたり暮らしの溝口親子。なかでも、仕事らしい仕事もせず小さな畑で野菜を育てている隣人の島田は、厚かましいところはあるが、そのお節介ぶりが山田の救いになっていく。
「いわゆる世間から落ちこぼれた状況にいると、互いによそよそしくて隣人が何をしているかもわからないという方が現実には多そうですが、私は『むしろこんな人情があったらいいな』と思ってしまう。私の映画がどこかファンタジックだと言われるのはそういうところかなと」
また、山田は社会復帰早々、行政担当者から、ずっと会っていなかった父親の遺骨引き取りを打診される。死んだ父親に対する複雑な思いが、周囲とのつながりを経て少しずつ変わっていくのも読みどころだ。
「脚本の場合は、登場人物の心理を多く語らず、むしろ彼らが何をするかで表現します。でも小説ではもっと彼らの心理を突き詰めねばならず、自分でもわかってなかった部分が発見できました。映画を撮るのはこれからなので、小説を書き上げたことで、撮る映画も何か変わった部分があるかもしれないです」
涙腺をツンツン刺激してくるこの小説。映画でも絶対観たい!
『川っぺりムコリッタ』 30歳の誕生日を刑務所で迎え出所してきた山田。就職先は、北陸の塩辛工場だ。崖っぷちにいる人々の温かな交流をユーモアを交えて描く。講談社 1500円
おぎがみ・なおこ 映画監督。’94年に渡米し、南カリフォルニア大学大学院映画学科で映画制作を学ぶ。’04年、劇場デビュー作『バーバー吉野』でベルリン国際映画祭児童映画部門特別賞を受賞。
※『anan』2019年8月28日号より。写真・土佐麻理子(荻上さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)
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