
(上から)高橋一生さん、野田秀樹さん
同じ時間に同じ場所で、生身の俳優が身体を使って物語を紡ぐ演劇は、思考力をフル稼働して味わうエンターテインメント。思考する楽しみに浸れる舞台を生み出してきた野田秀樹さんと、様々な事象にアンテナを張り、緻密な思考の上で演技を構築している高橋一生さんのふたりが、AIが及ぼす思考力への影響から、思考力を引き出す演劇の力の話まで語ってくれた。
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── 今、インターネットやAIにより、思考せずとも答えがすぐに手に入る時代です。おふたりは、それをどう感じていますか?
高橋一生(以下、高橋) 最近僕、絵画を学ぶ子供たち向けに体を動かすワークショップをやっているんですが、その子たちに好きな絵を描いてって言ったら、みんな一斉にスマホで検索して、それを見ながら描き始めたんです。そのことにすごく衝撃を受けちゃって…。
野田秀樹(以下、野田) 僕もつい最近、子供の絵がたくさん貼られているのを見たんだけど、賞を獲った絵がどれも地面を茶色一色じゃなく、いろんな茶色系の色を混ぜているんだよね。一枚だけ見れば上手いってなるんだけど、いつの間にか独創性まで一元化されて、全部が同じようで、それってどうなんだろうって。
高橋 賞を獲りやすい絵の傾向があって、絵画教室でもそういうことを教えているようなんです。
野田 いまや大学生がレポートをAIに書かせてる時代だしね。
高橋 AIの文章を見分けるAIが出てきてるそうですよ。
野田 でもさ、AIで書いたものって、なんとなくわかるけどね。
高橋 数年後には判別できないレベルになりそうですけどね。
── 世の中が、AIやネットの情報を信じすぎてしまう流れも怖いなと感じています。フェイクニュースに踊らされてしまうわけで。
高橋 以前に野田さんと対談した時に、そんな話をしましたよね。BotがSNSを支配していく恐ろしさとか。たとえば誰かひとりがBotを使ってSNS上に誰かの悪評を大量に流したとして、それが世論の大多数のように思われてしまう危険があるって。
野田 すでに今、そうなってきているのかもしれない。
高橋 でも、受け取る側に思考力があれば、そういうものに惑わされないと思うんです。今のAIは自律思考できるわけじゃなく、所詮、壁打ちテニスの相手でしかなくて、こちらに思考力があれば見抜く方法はたくさんあって。将来的に超知能といわれるものが実現したとしても、それを使う人たちがリテラシーを持っていればいいわけで。享受する側も、なんでもかんでも鵜呑みにせず危機意識を持って付き合っていけば、とても便利な道具だと思うんです。
生で相対するからこそ、面白く感じることも(野田)
── 野田さんは、今年の東大入学式の祝辞でも人間とAIについて語られていて、危機感を持っていらっしゃるのかなと思いました。
野田 危機感を抱いているのは、戦争の技術や人間の生殖技術にAIが使われていくこと。猛スピードで取り返しのつかないところにいってしまうかもしれないから。創作に関しては、僕は危機感はほとんどないですね。仮にAIが自分と同じようなものを書けたとしても、同じなのはダジャレの量とかくらいだろうし、たいしたダジャレも思いつかないだろうし(笑)。僕は、人間の、何かを達成した時に感じる喜びみたいなものって、どんなにデジタル化しても、そんな簡単になくならない気はしているんですよ。電卓が出てきた時、人間が計算をしなくなってしまうのではと危惧されましたけれど、今もやっぱり計算してますしね。
高橋 僕は、この先、俳優もライセンス式になっていくかもしれないと思っているんです。僕の顔と声を使って、デジタルで映画を一本作りますということがないとも限らない。それはそれで、良い悪いではなく、やってみればいいと思うんです。結局選ぶのは人間で、その映画がすごくよくて大ヒットするかもしれないし、やっぱり生身じゃないとねということになるかもしれない。僕はどこかで、やっぱり身体に戻ってくるんじゃないかとは思うけれど、一回、行くところまで行けばいいと思うんですよ。ひと通りやって、取捨選択すればいいんじゃないかなと。
野田 AIの価値観では、速度と量…情報をどれだけ早くどれだけ大量に処理するかですよね。でも、僕らが舞台でやっている表現の中にはスローモーションというものがあって、遅いことが優先される価値観においては、AIは何の役にも立たないわけ。舞台の上で人間がやるスローモーションは、演じる人の感覚で速度も違うし誇張されたりもするけれど、AIはそれができない。
高橋 AIには過程もないじゃないですか。たとえば、子供が“あの花”について調べようと図書館に行ったとして、その道中、あの花ってどんなだろうと想像して、紫やオレンジの花を思い浮かべるかもしれない。そういう過程をはしょって最初から結果だけを求めるか、過程も楽しむかで人生は大きく変わってくると思っていて。それこそが人間性などに繋がっていく気がするんです。
野田 コロナ禍の時に、取材や打ち合わせが全部リモートになって、ジョークを言ってもウケたかどうかもわからなくて、相当つまらなかったんです。生で相対しているからこそ、些細なことが面白く感じることも確実にあって、まさに演劇もそうだなって。
高橋 その場で生まれるリズムや空気感って、人間関係において結構大事なんだなと思います。
野田 結局人間って、どこに戻るかといったら生身の身体なんだと思う。ただ、最近少し怖いと思っているのは、受け身な人が増えていること。さっきのスマホの話じゃないけれど、頭を使わずに済む方向に逃げているというか。人間って楽なほう…考えずに済むほうに流れるものだから。僕の芝居も、最近、わからなくて嫌という人が増えている気がします。わからないことが面白い、という思考にはならないんだなと。
わかりやすくないぶん、想像する面白さがある(高橋)
── 野田さんが一貫して、観た人に意味を考えさせる演劇を作られているのは、敢えてですか?
野田 いや、僕自身は最近わかりやすくしちゃってるなと思ってるんだけどね(笑)。ただ大前提として、結末がわかりやすい作品って、そんなに面白いかなという疑問があるんです。自分は考えることが好きだから、謎を置かれて、意味を考えさせられるものを観たいと思ってしまうから。たとえば、寝てる時に見る夢って理路整然としてないから面白いじゃない? そういうものが作れたらって思っているんだよね。
高橋 夢って突拍子がなかったりするのに、見ている最中は筋が通っているように感じますよね。僕は、演劇の面白さも、そこに通じているように感じます。映像で突拍子がないと思えることも、舞台なら成立したりします。ただそれは、目の前に“肉体”という説得力があるからなのかもしれないですけれど。僕自身は、わかりやすいお芝居と、わかりにくいとされるお芝居、どっちもなくちゃいけないと思うんです。でも最近は、わかりやすいお芝居のほうが、いいお芝居だと評価されやすいことに対して危機感を抱いています。感情を表情に出さないお芝居を、わからないからという理由で下手だとか、ダメだとか言われてしまうことは、俳優からしたら恐ろしいことだなと。
野田 もちろんわかりやすいものもあっていいとは思うんですよ。やっぱり、疲れている時にはわかりやすいエンターテインメントが観たくなるものだしね。でも、そればかりではダメだとも思う。
高橋 そうなんです。
野田 たとえば今って、抑揚をつけた話し方のお芝居が主流になってきているけれど、リアルな世界ではもっと一本調子だと思うんだよね。黒澤映画みたいな。
高橋 わかります。あの中にすごい感情が眠っていたりするじゃないですか。わかりやすいガイドがないからこそ、想像力でピックアップする面白さがありました。今は、図書館に行くまでの道のりをはしょっちゃってる気がします。
── 高橋さんのNODA・MAPへの出演は、『フェイクスピア』が初めてで、今回の『THE BEE』(原作 筒井康隆「毟りあい」)が3作目となりますね。
野田 最初にやった『フェイクスピア』ですごくいい役者だなと思って、また仕事したいと思っていました。なんか変なことを考えていたりするのが面白いんだよね。ちょっと変わったことに興味を持って調べているし、いろんな情報を持っていて考えている。あと、芝居の話をするのがすごく好きで、そこがいいなと思って。
高橋 みんなが言うようなことを調べてもしょうがないなと思ってしまうんです。それよりも少数派の意見が気になるし、反対意見にフォーカスしてみると面白いんです。それこそAIの文章のようなきれいにトリミングされたものよりも、いろんな情報の中から自分で考えてピックアップしていくほうが面白いと感じるタイプなので。お芝居に関しても、つねに正攻法とは違う道があるんじゃないかと考えるのが好きなんです。
── 『THE BEE』は終わりのない報復の連鎖が主軸の物語ですが、恐怖で思考を止めてしまう怖さも描かれていますよね。
野田 たとえば、1人の圧政者の下に1万人の人間がいると考えた時、数の力で引きずり下ろすことができるかもしれないのにしないのは、恐怖心ゆえなんですよね。恐怖に慣れると、何もせずに従っているほうが楽だから、思考を停止して現状を受け入れてしまう。この芝居の中には立てこもり犯がわざと銃を置いて、鏡越しに人質の母子を見るシーンがあるんですが、そこでふたりとも動かない。終盤に向かって、まさに考えることをやめた人間の姿が描かれていると思います。
高橋 この作品は、脱獄犯に妻と子供を人質に取られて自宅に立てこもられた平凡な主人公が、犯人の自宅に立てこもり、彼の妻と子を人質にする物語です。僕は、被害者と加害者の差異ってどこにあるんだろうと思ってしまうんです。自分だって、万一の事態が発生した場合、加害者側になるおそれが絶対ないとは言い切れない。そんなことを考えている人間が、この作品をやったらどうなるのかなと思っています。
野田 ほら。彼は、普段からこういうことをずっと考えている人間なんですよ(笑)。
Information

NODA・MAP 番外公演『THE BEE』(原作 筒井康隆「毟りあい」)
11月2日(月)~12月6日(日) 東京・本多劇場 日本語脚本/野田秀樹 英語脚本/野田秀樹&コリン・ティーバン 演出/野田秀樹 出演/高橋一生、二階堂ふみ、河内大和、川平慈英 10月18日(日)10時より一般発売。NODA・MAP TEL. 03-6802-6681(平日11時~19時) www.nodamap.com/thebee2026/
Profile
高橋一生
たかはし・いっせい 1980年、東京都生まれ。数多くの舞台、ドラマ、映画で活躍。2021年の舞台『フェイクスピア』で読売演劇大賞最優秀男優賞受賞。現在、連続ドラマ『ポリティカルパン』(フジテレビ系)に出演中。
野田秀樹
のだ・ひでき 1955年、長崎県生まれ。東京大学在学中に結成した劇団夢の遊眠社で、小劇場ブームを牽引。劇団解散後は英国に留学し、帰国後にNODA・MAP設立。2009〜’26年に東京芸術劇場芸術監督を務めた。
野田さん・ジャケット ¥97,900 シャツ ¥59,400(以上トランジット/ストックマン TEL. 03-3796-6851)
写真・内田紘倫(The VOICE) スタイリスト・タケダトシオ(MILD/高橋さん) 佐伯敦子(野田さん) ヘア&メイク・小坂美由紀(MARVEE/高橋さん) 近藤あかね(MARVEE/野田さん) 取材、文・望月リサ
anan 2515号(2026年10月14日発売)より
































