
小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○⚫︎」。第42回目のテーマは「I am max」です。
全編IMAXⓇフィルムカメラ撮影された本作は、スクリーンをただ“観る”のではなく、そこに“いる”ことを体感させる。ゲームクリエイター 小島秀夫
これは、クリストファー・ノーラン監督の最新作『オデュッセイア』(注1)のプロモーションに使われた応援コメントだ。
8月上旬、製作中のゲームのパフォーマンス・キャプチャーのために渡米した際、朋友ジェフ・キーリー経由で、IMAXⓇのロサンゼルス米国本社に招待された。IMAXⓇ社内の“デイビッド・キーリー・シアター”(注2)で、『オデュッセイア』のプライベート試写を特別に行なってくれたのだ。デスストの実写映画化に関わっているマイケル・サルノスキ監督(注3)と撮影でロスに来ていたソフィア・リリスも一緒に誘った。シアターの館長であるジェフのお母さんも、出迎えてくれた。昨年亡くなったジェフのお父さん、デイビッド・キーリー氏は、IMAXⓇにて、15年にわたり最高品質責任者を務めた有名な人物。ノーランやジェームズ・キャメロンをはじめ、映画界から、その死を悼む声と、多くの賛辞が集まった。『オデュッセイア』のエンドロールには、“デイビッド・キーリー氏に捧げる”という追悼文も記されている。その彼の名前がついた特別なシアターで、ノーランが推奨するIMAXⓇの70ミリのフィルム上映を堪能した。上映システムや機材、実際のフィルムやフィルム缶なども間近で見せてもらえた。IMAXⓇは、何度も観ていたものの、その真髄は、理解していなかったことに気づいた。70ミリ・15パーフォレーションのIMAXⓇとは、幅70mmの大型フィルムを使い、1コマに通常の約10倍の面積を使って超高精細・大画面を実現する最高峰のフィルム規格。圧倒的な解像度(18K相当)とアスペクト比1.43:1の縦に広い映像を生み出すものだ。ノーランと撮影監督のホイテ・ヴァン・ホイテマ(注4)は、これを実現させるための大型のIMAXⓇカメラを開発、全編をフィルム撮影した。日本では、35ミリのフィルム上映館はあるものの、70ミリのIMAXⓇフィルム上映館はもうない。国内では、残念ながら、この70ミリのフィルムでの『オデュッセイア』は、観ることは出来ない。
僕とIMAXⓇとの間には、因縁深いものがある。1970年の大阪万博。オレンジ色のエアドーム(村田豊が設計した世界最大級の空気膜構造)で印象的だった“富士グループパビリオン”。そこで、カナダで開発されたIMAXⓇ方式の巨大映像(スクリーン・サイズは19m×13m)が、世界で初めて上映された。お披露目されたIMAXⓇ初作品は『虎の仔(TigerChild)』という短編映像。あまり内容は覚えていないが、小学生になったばかりの僕は、マルチビジョンと呼ばれた“未来”を目撃した。皆でひとつの映像を共有体験する。それが'70年代の大人たちが夢見た未来だった。スマホで自分だけの映像をいつでも自由に観られる未来は、誰も想像していなかったのだ。
1995年、神戸で阪神・淡路大震災に被災。1996年に上京した。それからは、主に渋谷や新宿、事務所に近い恵比寿などで、映画を観ていた。2002年に、品川プリンスホテル内にIMAXⓇシアターがオープンする。当時は、ワインメーカーのメルシャンが冠スポンサーを務めていた為、「メルシャン品川IMAXシアター」と呼ばれていた。オープン当時は、70ミリ・15パーフォレーション・フィルムを使用する上映方式だったが、劇場映画は上映されず、IMAXⓇ専用に撮影されたドキュメンタリーや、特別に制作された30分程度の稚拙なCGアニメが上映されていた。それでも、まだ小さかった息子とよく観に行ったものだ。映画鑑賞ではなく、イベントとして捉えていたのだ。
ところが、当時のIMAXⓇ上映は、コスト管理や作品調達が難しかったらしく、2007年には閉館してしまう。3Dメガネを使った“3D上映”もなく、ビジネスとしては、時期尚早だったのだろう。
3D上映ブームの発端は、キャメロンが、フュージョン・カメラ・システムを開発、自らの『アバター』(2009)をサンプルにして、3D上映を全世界に拡散したことによる。これらが、それまでの映画興行のシステムと利益率を変えた。3D上映と同時期、IMAXⓇ上映に火を付けたのが、ノーランの『ダークナイト』(2008)だろう。主要アクションシーンに、70ミリ・15パーフォレーション・フィルムのIMAXⓇカメラを、劇場映画に初めて本格導入した。まさしく、IMAXⓇ上映の一般化は、ノーランとIMAXⓇシステムを支え続けたジェフのお父さんの功績だと言える。
閉鎖されていた「品川プリンスシネマ」のIMAXⓇシアターは、2016年に「T・ジョイPRINCE品川」の「IMAXⓇデジタルシアター」として復活する。2026年秋には、デジタルの最新鋭「IMAXⓇレーザー」が導入予定だ。
先日、デビッド・ロバート・ミッチェル監督の最新作『オークストリートの異変』を「T・ジョイPRINCE品川」の「IMAXⓇデジタルシアター」で鑑賞した。本作は、「Filmedfor IMAXⓇ」作品として、IMAXⓇ認証カメラで撮影されたものだ。ただし、上映時間100分のうち44分間がIMAXⓇ独自の拡張アスペクト比で拡張される。通常シーンでは、一般的なシネマスコープサイズの2.39:1、IMAXⓇ拡張シーンでは、1.90:1に可変する。主に恐竜が暴れ回るようなシーンでは、縦方向に拡がる。ただ“デイビッド・キーリー・シアター”で観た『オデュッセイア』とは違った。あの臨場感には届かない。「I am max」とは言えない。
またロサンゼルスで見せてもらったIMAXⓇのシステム、フィルムなど、上映する側のリスクもコストも尋常ではない。デジタルに流れるのは仕方がないことだ。“デイビッド・キーリー・シアター”で、『オデュッセイア』公開に合わせて作られたIMAXⓇ型の公式ポップコーン容器を貰い、持ち帰って来た。IMAXⓇのフラッグシップモデルである「MSMフィルムカメラ(ハリウッド・カメラ)」を忠実に再現した特製のIMAXⓇフィルムカメラ・ポップコーンボックス。ボタンを押すと内部に仕込まれた『オデュッセイア』のワンシーンが浮かび上がる(TOHOシネマズでも販売予定)。日本での公開時には、これを持参、大阪万博から56年を経た因縁ある品川のIMAXⓇで、ジェフのお父さんやクリエイターたちの思いを胸に、『オデュッセイア』への“帰還の旅(Odyssey)”に戻ろうと誓う。サブスク台頭の時代、しばらくは、映画館での“max”な抵抗は、続くのだ。
注1 :『オデュッセイア』 映画史上初となる、全編IMAXⓇ フィルムカメラによって撮影された、クリストファー・ノーラン監督の最新作。古代ギリシャのホメロスの叙事詩を映画化。日本では9月11日より公開中。
注2: “デイビッド・キーリー・シアター” ロサンゼルスにあるIMAXⓇ 米国本社の中に作られた特別試写ルーム。ちなみに、カメラ全体を覆って駆動音を遮断する防音装置「ブリンプ(小型飛行船の意味)」を備えた新世代IMAXⓇ カメラは、通称「ザ・キーリー」と呼ばれている。IMAXⓇ の品質管理を行うための役割も担っている。
注3:マイケル・サルノスキ監督 『クワイエット・プレイス:DAY 1』などで知られるアメリカの映画監督。実写映画『DEATH STRANDING』の脚本・監督を務める。
注4:ホイテ・ヴァン・ホイテマ スイス出身の撮影監督。『インターステラー』をはじめクリストファー・ノーラン監督作を中心にIMAXⓇ や大判フィルムを使った撮影で話題を呼ぶ。『オッペンハイマー』(2023)
今月のCulture Favorite

『オデュッセイア』IMAXⓇフィルムカメラ・ポップコーンボックス。

唯一無二の存在感を放ち続けている女優ティルダ・スウィントンさんとの、ロンドンでのツーショット。
Profile

小島秀夫
こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。

KOJIMA PRODUCTIONS 設立10周年を記念した展覧会が、2026年10月31日(土)から12月20日(日)まで開催! 公式サイト

PC版『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』が発売中!
小島秀夫監督が編集したロンチトレーラー“No Rain, No Rainbow”
写真・内田紘倫(The VOICE)
anan 2512号(2026年9月16日発売)より
































