美しさの奥に感じるのは、画家の静かな怒り…ジャン=ミッシェル・フォロンの大回顧展
厳しさを増す現実世界から、幸せへ向かう空想旅行へ。
夢見心地なパステルカラーの世界で一人佇む帽子をかぶった男。ポツンと孤独で、どこか不安げな姿にシンパシーを感じるのはなぜだろう。
20世紀のベルギーを代表する画家、ジャン=ミッシェル・フォロン(1934~2005)の大回顧展が日本で30年ぶりに開催される。展示はドローイング、水彩画、ポスター、晩年の彫刻作品など約230点。
建築、工業デザインを学んだフォロンは、21歳でパリ近郊に出て、ひたすらドローイングを描く日々を送った。黒いペンのシンプルな、きっぱりした描線は画家の意思表明のようでもある。後に彼のドローイング作品は『エスクァイア』や『タイム』などアメリカの雑誌に掲載され、その名を広く知らしめることになる。
よく取り上げたモチーフの一つは「矢印」。行き先を指し示すこのサインは、私たちを導く一方で思考を止め、束縛するものとして描かれる。多くの作品に登場する「リトル・ハット・マン」は、帽子とコートを纏った匿名性のある存在でありながら、見る人は彼に自分の姿を重ねてしまう。不自由さや孤独という現代の不条理な一面を描くことは、幸福や平和を願う画家自身のヒューマニズムの裏返しかもしれない。
フォロンは600点以上のポスターも残した。それらはいま世界で起きていることを柔らかな色彩を通して語りかける。1点に使われる色数は多くはなく、グラデーションやにじみの技法が駆使されている。海洋核実験反対のポスターや「世界人権宣言」の挿絵など、美しさの奥に感じるのは、画家の静かな怒りだ。厳しい現実から目を背けることなく、多くの人が共鳴できるのは、同じポスターの中に描かれる空、海、地平線の彼方に、平和や自由への希望を感じ取れるからではないだろうか。
生前、空を飛んで風と話してみたいと語っていたというフォロン。タイトルの「空想旅行案内人」は名刺に記載されていた自らの肩書から。彼と一緒ならどんな空想旅行へ連れていってもらえるだろう。
《無題》
《Lettera 32すべての人にオリベッティを》1967年
《グリーンピース 深い深い問題》1988年
《無題》1968年頃
《月世界旅行》1981年
《秘密》1999年 ©photograph by Fernandez
空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン 東京ステーションギャラリー 東京都千代田区丸の内1‐9‐1 開催中~9月23日(月)10時~18時(金曜~20時。入館は閉館の30分前まで) 月曜(8/12、9/16、9/23は開館)休 一般1500円ほか TEL:03・3212・2485
※『anan』2024年7月24日号より。文・松本あかね
(by anan編集部)