現代にも通底する“人工中絶”を巡る問題を描く、ヴェネチア国際映画祭受賞作『あのこと』

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2022.11.28
第78回ヴェネチア国際映画祭にて、『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督率いる審査員が全員一致で金獅子賞に決めたのが、本作『あのこと』だ。2022年のノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーによる小説「事件」を原作に、今作が監督2作目となるオードレイ・ディヴァンが監督と脚本を務めた。
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1960年代のフランス。大学の寮で暮らすアンヌは、貧しい労働者階級の家庭に生まれたが、努力と知性によって教授から特別扱いされるほどの成績を収めており、学位を取って教師になる夢に近づいていた。しかし、ある日妊娠が発覚する。夢に向かって日々勉学に勤しむアンヌにとって、今出産することはその夢を諦めることにも繋がる。動揺したアンヌは、医師に「何とかして」と哀願するが、当時は人工中絶は法律で禁止されており、当の女性、処置を施した医師や助産婦だけでなく、助言や斡旋をした者にも罰が課されるという時代だ。医師は当然のように拒絶し、「そんなことをしたら僕も君も刑務所行きだ」と突き放す。

そこからアンヌの一人きりの戦いが始まる。電話帳で調べた別の病院に行き、同じく医師に拒絶されるが、粘った挙げ句注射液を処方してもらう。しかし、体にはなんの変化も起きない。女友達が多い同級生に何らかの情報を持っていないかと近づくが、「妊娠中ならリスクはない」と、体の関係を求められてしまう。何の解決の糸口も見つからないまま、どんどんお腹は大きくなっていき、勉強に集中できず成績は落ちていく。ついに友人に打ち明け助けを求めるが、「巻き込まないで」と冷たくされる。子供の父親にも真実を伝えるために久々に会いに行くが、いい加減な態度で応対されてしまう。でもアンヌは諦めない。自らの未来のために、ひたすら戦い続ける。

画面には妊娠週の経過がテロップとして表示される。その数字が増えれば増えるほど、アンヌがどれだけ追い込まれている状況なのかがわかる。アンヌが望まぬ妊娠をしたのは、自らの行為が招いたことかもしれない。しかし、相手の男性は何のダメージもなく、以前と変わらずに学生生活を謳歌している。アンヌだけが一人苦しみ、戦い続けている状況が描かれる。

折しも今年6月、アメリカの最高裁が「中絶は憲法で認められた女性の権利」と定めた判決を半世紀ぶりに覆し、中絶を規制する州が増加するという動きが始まった。妊娠をした背景、中絶を望む背景は千差万別だ。しかし、アンヌの目線でもって、「何が起きているか」をひたすら描く本作は、子供が宿るのは女性の体であるという絶対的な事実を突きつける。カメラとアンヌを完全に同期させるためアスペクト比が正方形に近い1.37:1となっており、観客はアンヌとともに様々な出来事を経験し、アンヌの心情に没入する。

「なぜ、アンヌはここまで一人で苦しまなければいけないのだろうか」。物語が進むにつれてそのような問いが湧き上がり、自分の体をどうするか、その権利の所在についての考えが巡っていく。さらに、自由に生きる権利はどこにあるのだろうか、とも考える。舞台は約60年前のフランスだが、『あのこと』で描かれている問題は、今も世界中に存在しているあらゆる問題と重なるのだ。

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『あのこと』 1960年代のフランス。頭脳明晰な学生、アンヌは教師になる夢のために勉学に励んでいるが、望まぬ妊娠が発覚する。監督・脚本/オードレイ・ディヴァン 出演/アナマリア・ヴァルトロメイほか 12月2日より全国公開。©2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA - WILD BUNCH - SRAB FILMS

※『anan』2022年11月30日号より。文・小松香里

(by anan編集部)

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