会いに来たよ! 世界で一枚だけのピーター。
1902年に英国で初版刊行、日本では’71年に出版以来、愛されてきた『ピーターラビットのおはなし』。出版120周年の今年まで、日本語版の絵本では掲載されなかった挿絵の原画を含め、『ピーターラビットのおはなし』の彩色画全点が作者のビアトリクス・ポター(TM)の思い描いた姿で展示される初めての機会だ。
そのほかにも見逃せないのが、ビアトリクスが少年に宛てた絵手紙のオリジナル。これは絵本の出版から遡ること約10年前、自分の家庭教師だった女性の子どもである5歳のノエル少年へお見舞いとして描いたもの。後に彼のもとで保管されていた絵手紙をもとに、ビアトリクスはピーターの物語を描き上げることになる。そして出版されるや大評判に。
「当時、擬人化された動物を主人公にした絵本はありましたが、ピーターの姿は決してデフォルメされていません。もしウサギが2本足で立って歩くとしたら、どのように描けば自然なのかということがよく考えられていて、喜怒哀楽も姿勢や仕草で表されています。その頃、博物学が流行し、その影響を受けてビアトリクスが小動物の実際の骨格を調べていたこともわかっていますが、そうした博物学的な知識と目を持っていなければ描けない絵だと思います」
と本展の監修を務める大東文化大学教授の河野芳英さん。
「ヴィクトリア朝の英国の裕福な家庭の常として、ビアトリクスも乳母や家庭教師に育てられました。子ども部屋に弟と二人で『秘密の動物園』を作り、カメや小鳥、ウサギなどのペットを飼い、そのスケッチがたくさん残されています。そのような環境で優れた観察力が培われたのでしょう」
出版の翌年にはビアトリクスはピーターのぬいぐるみを自作し、特許を申請。本展には100年以上前に作られたアイテムの数々も登場する。
「自分の絵本のキャラクターをグッズとして販売するために特許を申請した初めての人といわれています。先見の明を持ちグッズとともに歩んできたことも、絵本がベストセラーであり続けた要因かもしれません」
絵本、キャラクターグッズのビジネスで大成功を収めたビアトリクスは、幼い頃から避暑に訪れ親しんだ英国・湖水地方の自然景観を守るため、東京ドーム約360個分の土地を購入。亡くなった後はナショナル・トラストに寄贈、2017年には世界文化遺産に指定されている。
「ビアトリクスが湖水地方の自然を残そうとしたのは、ピーターラビットの舞台となった場所が残れば、自分の絵本も残ると考えていたからとも。今回展示される原画は水彩で描かれた繊細なもの。印刷に表れないすばらしい魅力があります。ご覧いただければ心が洗われるような体験になると思います」
原点は小さな友達に送った絵手紙。
1893年に療養中の少年を慰めるため送ったお見舞いの絵手紙が『ピーターラビットのおはなし』の原点。最後はピーターがベッドに寝かされ、煎じ薬を飲ませてもらう絵本と同じ場面も。《ノエル・ムーア宛ての絵手紙》 ビアトリクス・ポター 1893年 ピアーソン PLC ©Victoria & Albert Museum,London,2015
「ピーターラビット(TM)」シリーズとは?
1902年の『ピーターラビットのおはなし』を皮切りに’30年までに全23冊を刊行。主人公はリス、カエル、ネコ、アヒルなど。ビアトリクスが子どもの頃から親しんだ小動物が、湖水地方などを舞台に物語を繰り広げる。《『ピーターラビットのおはなし』初版(濃茶色厚紙装丁版)》 フレデリック・ウォーン社 1902年ウォーン・アーカイブ/フレデリック・ウォーン社 ©Frederick Warne & Co.Ltd,2021
『ピーターラビットのおはなし』彩色画全点が一堂に。
《『ピーターラビットのおはなし』挿絵原画》 ビアトリクス・ポター 1902年 ウォーン・アーカイブ/フレデリック・ウォーン社 ©Frederick Warne & Co.Ltd,2017
「出版120周年 ピーターラビット(TM)展 世田谷美術館」 東京都世田谷区砧公園1‐2 開催中~6月19日(日)10時~18時(入場は17時30分まで) 月曜休(5/2は開館) 一般1600円ほか ※会期中の土・日・祝日および5/2は日時指定券を販売。詳細は展覧会公式サイトを確認。TEL:050・5541・8600(ハローダイヤル)https://peter120.exhibit.jp
ビアトリクス・ポター 1866年、ロンドンに生まれる。幼い頃から絵の才能を発揮。ウサギなどの小動物が主人公の「ピーターラビット」シリーズは2億5000万部を超えるロングセラー。英国・湖水地方の景観を守ることにも尽力。1943年没。
写真:1892年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館 Courtesy of the Victoria and Albert Museum
※『anan』2022年4月13日号より。取材、文・松本あかね
(by anan編集部)