「私」と「あなた」にある距離をポジティブに捉えたい。
「今作はアルバムを通してカラッとした明るい曲を作りたいと思いました。自分自身、日々生活をする中でそうしたムードの曲に救われることが多かったんです。例えるなら、空間の中に明るく心地よいリズムが鳴り続けていて、気持ちよく掃除ができるような軽快なムードというか」
たとえシャイな日本人でも、自然と体が反応して思わず小躍りしたくなるリズム感。どことなく、ローカルの盆踊りにも似た気軽さと温かいムードを感じる楽曲もある。
「『祝辞』という曲はチャンカチャンカチャンって、お祭りのリズムから作ってみたりしました。明るい曲を作りたかったけど、あなたも参加してね! と過度なパワーを込めた感じにはしたくなくて。来たい人は参加してくれていいし、そうじゃないときは自由に、という考えは歌詞やリズムにも出ていると思います。それはきっと、人と人とは最後は分かり合えない部分があると思っているから。『私』と『あなた』の間に存在する距離をネガティブに捉えられることが多いけれど、私はそのことをポジティブに捉えたいなと。住む地域によっても文化や考え方が異なるものだし、いろんなところに行って対話することが好き。それが創作の根底、ひいては私の人生の糧になっていると思います」
だからなのか。彼女が書く歌詞には、自分とは違った個性を持つ一人一人の他者へ向ける視線が優しく、そこに「対話」が存在するのは。本作にも収録されている先行配信シングル「さよならクレール」は人と人の距離感や揺れ動く心の機微を繊細に捉えた作品。他者を想うときに胸に去来するどうしようもない“切なさ”に心を寄せている。
「本当は分かり合いたいと互いが想っているはずなのだけど、どう頑張ってもこれは厳しい、という状況がありますよね。そんな中で自分はSOSを出しているけれど、相手には気づいてもらえなくて。けど、相手ももしかしたらSOSを出しているんじゃないか、と。相手に理解してほしいと合図を出すことって、モールス信号やホタルの光と似ているなと思って。そこからこのタイトルをつけました。『クレール』ってフランス語で『光』という意味があるんです」
君島大空さんと西田修大さんがギタリストとして参加した「Hank」では、息の合ったガットギターの静寂な音色と一編の詩のような幻想的なイメージが優しく溶け合う。心の渇きも癒す美しい楽曲である。
「西田くんから『いいコードがあるから佳穂ちゃんがメロディを乗せてほしい』と言ってもらって。離れた場所に暮らしているので何度かオンラインでやり取りしながら曲ができた感じです。ギターのコードを聴いてうたが導かれたようなところがありますね。だからどこか日本の詩のような、温かな手ざわりがあるのかもしれません」
“閃きという原石”をひとりで、そして仲間と磨き上げていく――。そうした営みの楽しさは「何気ない日常にも転がっている」。そんな希望を彼女が差し出してくれた気がした。
3rdアルバム『NIA』発売中。初回限定盤には「東京国際フォーラム ホールA」でのライブの模様を一部収録。【初回限定盤(CD+BD)】¥6,600 【通常盤(CD)】¥3,300(SPACE SHOWER MUSIC)
なかむら・かほ 京都府出身。京都精華大学入学後、本格的に音楽活動を開始。ソロ、デュオ、バンドなど様々な形態で、自由に音楽性を拡張させ続けている。気鋭のクリエイターとのコラボレーションにも注目を。
※『anan』2022年4月6日号より。写真・岩澤高雄(The VOICE) 取材、文・矢島聖佳
(by anan編集部)