人は何もなくなると、自ら考え、動く生き物です。
小さい頃から私はよく、父親と一緒に海外の音楽を聴いていました。当時日本は歌謡曲全盛で、それに比べるとフランスの曲はメロディがきれいでね。しょっちゅう私は床の間をステージ代わりに歌っていたわけ。で、高校生になり、みんなが東大を目指すような都立の進学校を、2年のときにやめました。つまらなくて(笑)。その後、文化学院という自由な学校に転校し、毎日あちこち遊びに行っていたんだけど、なんかふと、“これでいいのかな、何かを真面目にやらなくちゃいけないんじゃないか”と、立ち止まってしまった。そのとき、自分は何が好きだったかを考えたら出てきた答えが、“歌”。それでシャンソンを習うことになり、そこから人生が変わった。
人は、独りぼっちになったり、持ち物がゼロになったときに、自分と向き合い考えられる生き物。みなさんにもきっとそういう瞬間があるから、そのときは、内側から湧き出る“自分の声”に耳を傾けることが大事よ。
五感で楽しめる料理は、最高のエンタメよ。
当時は歌のほうに夢中でしたが、小さい頃から料理にも興味はありました。覚えているのは実家の庭に家庭菜園があって、暑い夏の日にそこからトマトをもいで、台所にあったベーコンとうどんと一緒にコトコト煮込んだこと。白いうどんが徐々に赤くなっていくのが楽しくて、そして食べるととんでもなくおいしかった。食べられる食材を1つずつ足していったら、トマトとベーコンとうどんは、算数の考え方でいくと1+1+1=3になるわけだけど、料理の場合は、味はいくらでも膨らむから、1+1+1が100にも1000にもなる。しかも料理は五感で楽しめる。鼻で匂いを嗅いで、目で見て、手で触って、耳から料理をする音を聞いて、そして口に入れても美味しい。料理って本当におもしろい。
昔からそうなんだけど、食材を見ると、“こんなふうにしたら美味しくなるんじゃないかしら?”ってひらめいて、ちょっとやってみたくなっちゃう。私の料理は全部それね。
ひらの・れみ 料理愛好家、シャンソン歌手。主婦の経験を生かし、テレビや雑誌で数々の料理を発信。新著に子育てと料理についてのエッセイ&レシピ集『おいしい子育て』(ポプラ社)が。
※『anan』2022年4月6日号より。写真・中島慶子
(by anan編集部)