一木けいさんの最新刊『全部ゆるせたらいいのに』は、家族や夫婦という、本来温かなはずの結びつきがもたらす絶望や不可解を描く物語。主人公の千映や彼女の両親それぞれの視点が交錯し、展開は壮絶だ。
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「デビュー作では書き切れなかったことが引っかかっていて。これは私にとって、書かなければいけなかった小説だったとも思っています」

幼い恵の子育てに孤軍奮闘している千映は、父親のアルコール依存症によってずたずたになった家庭で育った。夫の宇太郎は、かつて自分を安心させてくれる存在だったのに、いまは仕事にかこつけて過剰飲酒に走っている。このきっかけで変わってくれるかもしれないと、夫や父親に期待しては裏切られる千映の〈安心が欲しい〉という叫びをはじめ、渦巻く感情がリアルすぎて胸が痛い。

「体験はしていなくても想像で書きますが、感情については自分が味わったことがあるものばかりです」

内面の描写は、千映だけでなく、いわば加害者でもある父親や、夫と共依存的な関係にある母親にも及ぶ。

「千映の父親は、お酒が入ると父親としても夫としてもひどい男だけれど、あれほど繊細な人であれば依存症になっていくのもしかたないのかもしれないという気もして同情もしてしまう。宇太郎も同じで、飲まなきゃ仕事にならないなどというのは異常だと思う。日本社会の働き方については、すこし疑問があります」

千映にとって、酔うとダメになる父親も不可解だったが、そんな父をいつまでも受け入れてしまう母親の気持ちも簡単には理解できない。だが、父と母の夫婦の間にも、両親と千映の家族の間にも、美しい瞬間があったことがわかり、なお切ない。

「許す、諦める、見捨てる。それは近くて遠いなぁと感じるんですよ」

許すだけが愛ではない。諦めたら愛がないわけでもない。許していなくても見捨てないのなら、愛かもしれない。一木さんが描く世界では、そんなふうにかすかな光が差し込む。

「自分が許すか許さないかを迷っているときに、他人が簡単に『許したら楽になるよ』とか言うのは違うなと思う。〈全部ゆるせたらいいのに〉は、この物語全体で書きたかった祈りのようなものかもしれません。誰の心にもいい形で心の平穏が訪れるといいなと思います」

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いちき・けい 作家。1979年、福岡県生まれ。「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞受賞作品を含むデビュー作『1ミリの後悔もない、はずがない』(新潮社)で読者の心を鷲掴みに。タイ在住。©新潮社

『全部ゆるせたらいいのに』 父親がアルコールに溺れ崩壊していく家庭で育った千映は、宇太郎との生活で娘の恵にも自分のような思いをさせるのではないかと苦悩する。新潮社 1350円

※『anan』2020年8月5日号より。写真・中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)

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