今回、平野紗季子さんがオススメするのは、『金包堂(きんぽうどう)』の肉まんです。
人生における数多の肉まん経験を通じて、私は肉まんをパンチの効いた食べもの枠で認識してきた。饅頭に包まれた味の濃い肉あんをかみ締めれば、だらりと肉汁があふれだす。ガツンときてこそ肉まん、そう思っていたのだ。だからはじめて立川の肉まん専門店『金包堂』の肉まんを食べた時は相当驚いた。食べた瞬間、脳内に「さわやか」という単語が浮かんだからだ。
金包堂のうま辛まんには、国産豚肉のほか高菜漬けとサツマイモ春雨が練り込まれている。一口頬張れば豚の旨みを吸った春雨が軽やかに弾け、高菜の酸味と辛みが澄んだ後味を運んでくれる。食後に残るのはさわやかな多幸感。「こ…これは、肉まんの新世界だあ!」そう興奮していると店主の鄭春蓉(ていしゅんよう)さんは「小さい頃から食べてきた味なんです」と私をなだめた。中国・吉林省出身の鄭さんには思い出の味がある。近所の饅頭(マントウ)屋さん、あるいは母が作ってくれた肉まんは「日本のものよりずっと軽やかで優しい味」がしたという。毎日食べたくなるような健やかな美味しさ。無添加・無化調の安心できる美味しさ。そんな味を伝える肉まん専門店を日本で開きたい。現地の味を食べ歩き、地元の饅頭店での修業も経て、遂に彼女の夢が叶ったのは2016年11月のこと。蒸籠から湯気を立ち上らせる手作りの肉まんたちは、この街の冬に新たな幸せを運んでくれている。