山口 晃『趣都(しゅと)』
大和絵や浮世絵など日本の伝統的画法を用いて描く、ユーモラスな鳥瞰図や細密図が十八番。成田国際空港や東京メトロ日本橋駅のパブリックアートを手がけるかと思えば、書籍の挿画・装画などの活動も。エッセイ漫画シリーズ『すゞしろ日記』は4弾まで刊行している。比類ない作風で多くのファンを持つ山口晃さんによる初の漫画雑誌連載作『趣都』。
著者を思わせる画家が指南する、アート論を聞きながらの街歩き
エッセイ漫画の他にも、思いついた1コマを思いついた大きさで描く“1コマ漫画的”な作品は手がけたことがあったが、担当編集さんの勧めもあって、フィクション漫画に挑んでみたそう。
「編集さんは私の放言からうまく世界を広げるアイデアをくださって、そこから私もまた『それならば』と考えていくうちに、積み上がっていく。打ち合わせというより問答を繰り返していたらそれがレジュメのようになって『これを描けばいいのか』までゴールできた、という感覚です」
本書は、博識で街の景観に一家言あるしわぶき先生と、彼を師として、かつ、ごはんを奢ってくれるスポンサーとして慕う三吉くんとの、軽妙だけれど奥深いやりとりで展開する。先生の下宿には、子どもに絵を教えているトシ子さんという女性がいて、彼女の存在も気になる。
「漫画は言葉や時間を操れて能弁ですし、セリフと絵といういわば概念とその模式図を並示する分かりやすさがある。思い返せば、余計なことをするのが好きな子ども時代でした。図工の時間に『お話の絵を描きましょう』と課題が出た時も、主人公の家の壁をただつるんとした壁として描くのがつまらなくて、壁の下の方にネズミの巣作りを加えてみたり…。メッセージを伝える器としての漫画というのは大学生くらいからちょこちょこやってはいました。先生と三吉のようなふたりは、割と前から自分では使っていまして、大学院の修了制作でも、名前こそ違うけれどあのふたりに最後のところで『当世美術事情』を問答形式でやってもらいました。『先生、ここまで来て(最後に)マンガ仕立てにしなくても』『いいんだよ。説明がないと納得しないのがお客さんだから、予め“説明書”を付けといてやるのさ』みたいなことを言い出す漫画でした」
しわぶき先生と三吉くんとが題材にとったのは、主に3つ。電柱と景観の関係、日本橋の歴史と高速道路撤去異論、階段をめぐる奇想だ。それが無二の景観論や美術鑑賞論になっていて、思わず膝を打つ。
「一般の方の絵画の鑑賞時間がとても短いのは、ある種の記号性で絵を観ているからだと思うんです。日常生活だと瞬時にいろいろな判断をしていかなくてはいけないので、直近の視覚情報を圧縮して認識しているわけですが、その圧縮を解いてやると、絵や街でも違ったものが目に入ってくるようになります」
画力と美術論のコラボが贅沢!
Profile

山口 晃
やまぐち・あきら 画家。1969年、東京都生まれ、群馬県桐生市育ち。東京藝術大学大学院美術研究科絵画(油画)専攻修士課程修了。国内外展示多数。2013年、小林秀雄賞受賞。写真・曽我部洋平
information
『趣都』
電柱を用いる華道「柱華道」、ロープウェイと船で行くデパートの大食堂、階段列車やタラップ(階段)ハウスなどユニークな階段たち。眺めるだけで至福。(講談社 1980円)
anan 2475号(2025年12月10日発売)より


























