
松虫あられ『林檎の国のジョナ』2
コンプレックスゆえに、居場所がない気がしてしまう。思っていることをうまく言えずに、抱え込んでしまう。誰もが感じたことがあるそんな心許なさを、繊細な筆致で描いた『林檎の国のジョナ』。その著者が、松虫あられさんだ。
劣等感を溶かし合う、優しさの連鎖。雪降る町で起きる温かな奇跡の物語
「夫が青森の出身で、一緒に行ったら風土や文化がすごく好きになってしまい…。青森の魅力をマンガで描けたらいいなと思ったのが最初ですが、私もジョナのようなコンプレックスで悩んだ時期があるんです。服が好きとか自分と重なるところを、彼女のキャラクターやストーリー展開に加えていきました」
主人公のジョナこと加藤アリスはアパレルで働く25歳。見た目のことで職場の先輩や母親から受けた小さな傷つきより、自分自身が他人と比べてしまうことに自己嫌悪。そんな時期にりんごが届く。祖母に会いたくなったジョナが青森の家を訪ねてみると、なぜか超美形の林檎農家の青年・正市(まさいち)が住み着いていて…。
「ジョナと一緒に物語を紡いでいく存在が欲しいなと思ったんです。物語を進める上で、正反対のキャラクターがいいなと思いついたのが、ジョナとは逆の見た目コンプレックスがある人。外見がいい分、勝手に過剰な期待をかけられ、応えられない痛みというのもあるだろうなと」
松虫さんのそんな思いから生まれた正市。少年期からの暗い記憶のせいで、光と影のまなざしを併せ持って成長した彼ならではの言葉が、その口から飛び出す。〈ワァの家はみんな ちょっとずつ苦しむ事さ慣れでる…〉〈ちゃんと説明して解ってもらおうってより 隠す方が楽だって思っちまう〉等々、読み手の胸に深く刺さる。
「これまで私自身が、さまざまな人たちとの触れ合いから感じてきたことも、勘が良くて細かいことに気づく正市だったら言えるかと思って。どんな言葉で伝えようとするかなと、想像してああなりました」
ジョナは青森で「りんごの木」という支援が必要な子どもたちのためのクラスで講師を引き受けているのだが、2巻の冒頭で描かれる、正市の姪っ子でジョナの教え子でもある菜知をめぐるエピソードが印象的だ。
「菜知は場面緘黙(かんもく)があって家族以外と話すのが難しいのですが、それを克服し自在に喋れるようになることだけが正しいのかと言われたら、考えてしまいます。登場人物がそれぞれ、どんな自分も自分だと受け止められるようになることが、このマンガでいちばん描きたいテーマでもある“満たされなさと向き合う”ことなのかなと思っています」
この先、ジョナや正市はどんなふうにコンプレックスと対峙していくのか。ジョナが背負っている母親との関係にはどんな転機が訪れるのか。続刊が待ち遠しい。
Profile
松虫あられ
まつむし・あられ 2013年、「COMICリュウ」でデビュー。トーチwebで連載中の「自転車屋さんの高橋くん」は1~9巻が発売中。
Information

『林檎の国のジョナ』2
作中の小学校や支援学級にはモデルがあり、多くの取材を重ねた。菜知や麻湖、大智、遥人ら「りんごの木」クラスの子どもたちにも心動かされる。双葉社 770円 Ⓒ松虫あられ/双葉社
anan 2473号(2025年11月26日発売)より



























