
長年にわたり日本の映画・ドラマ界で活躍し、近年は海外にも活動の幅を広げる西島秀俊さん。念願の真利子哲也監督とのタッグが叶った新作、さらに見据える未来についても伺いました。
近年、西島秀俊さんの国際的な活躍が目覚ましい。2022年に、主演映画『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー賞国際長編映画賞を受賞。2024年には、アメリカの気鋭スタジオ「A24」製作によるApple TV+配信ドラマ『サニー』に出演。最新作は、ニューヨークを舞台とした真利子哲也監督の日本と台湾、そしてアメリカの合作映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』で、セリフは全編にわたってほぼ英語だ。ハリウッドの大手タレントエージェンシーとの契約も果たし、今後は軸足を海外へ? と思いきや…その胸の内とは。

役に真っすぐ向かうことが、俳優にとって最も重要な資質だと改めて感じました。
―― 9月12日に、主演映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』が公開されます。真利子監督とは、以前から一緒に仕事をしたかったのだとか。
僕のなかで真利子監督の『ディストラクション・ベイビーズ』が衝撃的で、とても惹かれるものがあり、ぜひご一緒したいと思っていました。ご本人に確認したことがないので、どうしてオファーしてくださったのかはわかりませんが…。脚本を読み、アメリカや日本など多国籍のスタッフとニューヨークで映画を撮ると伺い、監督のこの新たなチャレンジに自分もぜひ参加したいと思いました。
―― 『ディストラクション・ベイビーズ』と今作では、同じ真利子監督とはいえ、世界観がかなり違うように感じますが。
『ディストラクション・ベイビーズ』は、むき出しの暴力が、哲学的にも感じられる作品です。主人公の理由なき行動を見ていると、逆にこちらがいろいろ考えさせられます。一方、今回の作品は、僕が演じる主人公の賢治が暴力的かというと、そうではありません。ただ、“現実”というものが、非常に暴力的に日常を壊していく。でも、それは映画のなかだけの話ではなく、形は違えども、現実の世界で起こりうることだと思うんです。誰しも、今日と同じ明日がこのまま続いていくとなんとなく思いながら生きていますが、実際はそんなことはないですよね。そういう違った形の暴力が描かれていて、ある種の哲学的なことを感じさせる脚本が、真利子監督らしいと思いました。
―― 賢治は廃墟の研究家で、複雑な内面を持つキャラクターです。役にはどのようにアプローチを?
賢治は家族と共に特殊な状況に追い込まれることで突然日常が崩れますが、僕たちも、パンデミックや大きな震災など、今までの日常が一変してしまうという経験をここ10数年の間にしています。僕の人生のなかで実際に経験したこれらのことが、役作りに影響を与えているかもしれません。観客のみなさんに、共感を持ってもらえるキャラクターになっていることを願っています。
―― 賢治の家族といえば、妻のジェーン役は、台湾出身のグイ・ルンメイさんです。共演してみていかがでしたか?
最初の本読みはオンラインでしたが、その時から素晴らしい俳優さんだと思いました。演技で全く嘘をつかない。それが本当に体に染み込んでいる人で、僕もそういう演技をしたいと思っていたことを、ルンメイさんと共演して改めて感じました。実際に、現場でも素晴らしかったです。撮影は1か月半あって、僕は撮休の時は、気分転換に友達と食事に出かけたり、マンハッタンに行ったりしましたが(撮影場所はブルックリン)、ルンメイさんはずっと集中して、役から離れることはなかったですね。本当に真っすぐに役に向かうことが、俳優にとって一番重要な資質なんだと、毎日感動しながら共演していました。
英語の勉強をしなければ。でも、ぐうたらなので…
―― 撮影時以外も、ルンメイさんとのコミュニケーションの言語は英語でしたか?
はい。僕の英語力で日常会話が流暢にできるかというと、そんなことはないですけれど、普通に話しますよ。
―― 劇中は9割方が英語のセリフでしたが、練習はどのように?
ショーンという本当に素晴らしい英語の先生にダイアログコーチとしてついてもらいました。彼は単に発音の正確さだけでなく、役のキャラクターについても一緒に掘り下げたうえで発音の指導をしてくれました。「このシーンはもう少し強く言ったほうがいいんじゃないか?」みたいな感じでアドバイスしてくれたんです。
―― 最近、海外作品への出演や、海外の映画祭などに行く機会も増えていると思いますが、普段から英語の勉強はされていますか?
勉強しなければとは思っているんですが、僕はぐうたらなので、本当に少しずつです。今もショーンとレッスンをしていますが、ほかの先生から違う指摘をされたりすると、「え、そうなんだ」と迷ったりすることもあります。試行錯誤中です。
―― 母国語ではない英語のセリフの感情の込め方に関してはいかがですか? 日本語のセリフを言う時とは、きっと違いますよね。
そうですね。言葉を翻訳して話すということだけでは全然埋まらないものがあるだろうとは、強く感じています。言葉は、その国の文化や歴史など、いろいろな要素が含まれて発せられるものですよね。日本語のセリフにしても、そういう背景がないなかで話すとあまり成立しない気がします。
この作品に出たいという一番の動機は、携わっている“人”への興味。
―― 西島さんは、2023年にハリウッドの大手タレントエージェンシー・CAA(クリエイティブ・アーティスツ・エージェンシー)と契約されました。そのいきさつも気になります。
ちょうど『サニー』の撮影が終わった頃でした。この作品でアメリカの撮影のシステムを初めて経験しましたが、日本とは全く違うことに興味がわいて、もっと知りたくなったんです。それで、アメリカのことについて話を聞いてみたいと、『サニー』のショーランナーやディレクターに、誰か紹介してもらえないかと頼んでみました。その時お会いした人たちのなかにCAAのチームもいて、話していくうちに「一緒にやりませんか?」という流れになりました。
―― 日米の撮影システムには、どのような違いがあるのでしょうか。
一番大きいのは、アメリカは何度もリテイクをするということです。撮影が終わったカットをあとから見直して、「ここがうまくいかなかった」となったら撮り直す。それは、とても勇気がいることだと思いますし、日本ではあまりないですね。スケジュール的になかなか難しいので…。あと、日本は早い段階で作品の企画や撮影時期が決まりますが、アメリカは直前まで決まらないといったことでしょうか。どちらがよいというより、とにかくいろいろ経験してみたかったんです。
―― 日本での活動が順風満帆ななか、新たなシステムに飛び込むとは! それは探求心の強さから?
僕はやはり日本の映画が好きですし、今後もやっていきたいと思っています。そして、今もいい作品がたくさん生まれていますが、よりよい作品が生まれる環境にもっとなればいいなと思っています。そのための勉強も必要ですが、実際に体験したほうが得られることもたくさんありますから、チャンスがあるなら自分でいろいろ体験してみたい。そして、そこから学んでいきたいと思っています。
―― もしかしたらオーディションを受けに行くことも…?
そうですね。海外の作品に限らず、日本の作品のオーディションにも、ぜひここで声を大にして言いたいんですが(笑)、呼んでいただきたいなと思います。
―― 西島さんといえば、映画好きということでも知られていますが、最近よかった映画はありますか?
『ガール・ウィズ・ニードル』は素晴らしかったです。あとで聞いたら非常に低予算で撮ったとのことで、びっくりしました。ストーリーも演技も映像も、全部よかったです。それから、映画ではなくTVドラマになりますが、イッサ・ロペス監督の『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』も凄かったです。第1話で、アジア人俳優の方の役が、最後死体になるのですが、僕は死体役でいいのでこの作品に参加して、現場を見てみたいと思いました。
―― もしかして西島さんは、どうやって作っているのか知りたいという欲求から出演作を決めている側面もあるのでしょうか。
ちょっと違うかなと思います。一番の動機は今回の真利子監督もそうですが、「この人は一体どんなことを考えてこの作品を作っているんだろう」という“人”への興味です。それは監督はもちろん、脚本家や俳優の方々に対しても同じです。気になる人たちと一緒に作品作りをして、自分もその世界にのめり込みたいと思っています。先ほどCAAと契約したのは、いろんなシステムを勉強したいからと言いました。もちろんそれもありますが、何よりも、素晴らしい才能の人たちと一緒に仕事がしたい、そのために少しでも間口を広げたいという思いがあります。
―― そうだったんですね。映画観賞以外にも趣味というか、最近ハマっていることはありますか?
TVシリーズの『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』がとても面白かったので、GQuuuuuuXと赤いガンダムのプラモデルを買いました。最初は簡単に組めるグレードのRX-78-2を買ったんですが、次に少しレベルの高いものを買ったら急に難易度が上がって。でも、初期の頃からガンダムが好きなので、作っていて楽しいです。
―― ファーストガンダムでは、どのキャラクターが好きですか?
それは答えづらいですね(笑)。やっぱりアムロかな。
Profile

西島秀俊
にしじま・ひでとし 1971年3月29日生まれ、東京都出身。1992年本格デビュー。映画『ニンゲン合格』『Dolls(ドールズ)』、ドラマ&映画シリーズ『MOZU』『きのう何食べた?』など代表作多数。2021年公開の主演映画『ドライブ・マイ・カー』が、アカデミー賞国際長編映画賞受賞。全米映画批評家協会賞では主演男優賞を受賞。
Information
『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』
『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』は9月12日より公開。日本人の夫・賢治(西島秀俊)と、アジア系アメリカ人の妻・ジェーン(グイ・ルンメイ)、息子・カイの3 人は、ニューヨークの片隅で幸せに暮らしている。と思いきや…歯車が少しずつずれ始め、カイが突如行方不明に。そして、向き合わざるを得なくなる夫婦の「秘密」とは。
anan 2461号(2025年9月3日発売)より