
インティマシー・コーディネーターの西山ももこさん「これからは誰もがICを目指せる環境づくりも必要」
俳優がヌードになる場面や、身体的接触のあるセンシティブなシーンで、演者の心身の安全を守りつつ、監督の表現意図を最大限に実現できるようサポートする専門職「インティマシー・コーディネーター(IC)」。西山ももこさんは2020年からこの肩書を持って活動を始めた一人。映画やドラマをはじめ、最近は縦型ショート動画や舞台でも起用されるなど仕事の幅も広がっている。
安全に印象的な性表現を追求する“インティマシー・コーディネーター”
ICの仕事は、まず台本を読み込み、インティマシー・シーンが含まれる箇所を確認するところから始まる。監督からシーンに込めた意図や詳細な描写をヒアリングし、出演する俳優一人ずつと面談する。
「台本に“キスをする”とだけ書いてあってもソフトなキスなのか、荒々しいキスなのか、舌を入れるのかわからないですよね。監督の意向を確認し、その上で“どうすれば安心して演じられるか”を演者に聞いていく。無理がある場合は演出を変えるなど調整を行い、みんなが納得する形でシーンの実現を目指します」
また、前貼りなどの身体的保護具の準備や装着のサポートも。これまで他の部署が担っていたセンシティブな作業を“専門家に任せられるようになってありがたい”という声も増えてきた。また、撮影時、体に不必要な接触がないよう動線や親密なシーンの動きを一緒に考えることも。
「演者に委ねることで、かえって演技に集中できなくなることもある。どう動けばいいかを事前に一緒に考え、不安を取り除くのも仕事です」
西山さんはこれまでに100本以上の作品に関わってきた。これは世界的に見てもとても多い数字だ。
「日本では、作品にインティマシー・コーディネーターのクレジットが入っていると、観客や視聴者が“俳優が大切にされている”と評価する傾向があります。それは海外ではあまり見られない現象。また、プロデューサーや監督にとってICは、クレームや炎上を回避する“安全装置”としての需要もあるのでしょう」
もちろん、一度入った現場で俳優やスタッフたちからの信頼を得て、次の仕事につなげてきた側面も大きい。この5年でICの必要性が広く知られるようになった一方で、課題も見えてきた。たとえば、西山さんが持つICの資格取得には約140万円以上という高額な費用がかかる。
「このままでは経済的に余裕のある人や特定の属性の人だけがICを担うことになり、それでは多様な視点が抜け落ちてしまう。一方で、少しずつですが無資格のICの方も増えています。広がっていくのはいいことですが、専門的な知識が足りずに適切な対応ができず、業界のクオリティを下げているという指摘も」
そんな危機感から、自ら会社を立ち上げ、金銭的なサポートを通して、誰もがICを目指せる環境づくりに取り組み始めた。また、西山さん自身もジェンダー、メンタルケアや身体の保護など最新の知識をアップデートし続けている。
「ハラスメント防止や心理的ケアの理解が浅ければ、役者やスタッフを守れないどころか傷つける場合もある。私はわかってるから大丈夫ではなく、学び続けることが大事」
そして今、ICを取り巻く環境にも少しずつ変化が起きている。たとえば、今年アカデミー賞作品賞を受賞した『ANORA アノーラ』は過激な性描写がありながらICが関与しておらず、大きな話題に。
「あの作品を観て、“ICなしでも成り立つ”と感じた人もいたかもしれません。でも、それがすべての制作環境に当てはまるとは言い切れない。誰かの負担やリスクの上に成り立っていたとしたら? それは本来あるべき現場の姿ではないはず」
加えて、日本の映像業界が抱える構造的な問題も大きい。長時間労働が常態化していたり、若手や女性の立場がいまだに弱く、インティマシー・シーン以外にも身体的・精神的な無理を強いられることはまだある。
「ICが関与するシーンだけを整えたところで、現場全体の安全性が担保されなければ、俳優もスタッフも安心して作品づくりに集中できない。私の理想はすべての撮影が安全に行われる環境を整えること」
そう語る西山さんのまなざしは、未来の現場へと向かっている。
西山さんがセレクトする、IC起用のメディア作品
Profile
西山ももこ
2009年からアフリカ専門のコーディネート会社にて経験を積む。2020年にインティマシー・コーディネーターの資格を取得。数々の作品に携わる。2024 年にセーフセットジャパン合同会社を設立し、後進の育成にも励む。
anan2458号(2025年8月6日発売)より
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MAGAZINE マガジン

No.2458掲載
愛とSEX
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