未来を恐れるのではなく、対話のきっかけにしたい
—— 本作は原作小説を読んだ池松さんが、石井裕也監督に提案して映画化が実現したそうですが、この物語のどういった部分に共感や魅力を感じたのでしょうか?
作品と出会ったのは、コロナ禍真っ只中の2020年の夏。あらゆる価値観が崩れて、映画が不要不急の存在となり、これまで信じてきた映画は本当に価値があったのか分からなくなってしまうような時間でした。
その頃上海で中国映画の撮影に参加していて、隔離期間でホテルに缶詰め状態だった際にweb連載していた原作小説を一気に読み切り、そのあまりの面白さに圧倒されました。誰とも会うことができず、自分がどこにいるのか、世界が動いているのか、これからどこに向かうのか分からない。そんな状況と重ねて、強いインパクトを受けたことを覚えています。
—— 2019年から連載がスタートした原作小説では、コロナについて触れていないもののアフターコロナを連想させるテクノロジーの進歩や世界の描き方が秀逸ですよね。
アフターコロナはどういう時代がやってくるのか、当時世界中が抱いていた漠然とした不安がこの作品には詰まっていました。それらは僕らが生きる世界全体に関わる問題であって、同時代を生きるみんなの物語になりうるのではないかというのが最初の感想でした。
—— 映画ではテクノロジーが進歩し、AIが日常化した世界を手探りで生きる朔也を演じる池松さん。AIに対する議論は世界中で活発に行われていますが、本作に携わったことで意識の変化はありましたか?
本作は時代に対する危機感や怒りの感情を起点にしている作品ではありますが、「これからの時代は怖いよね」といった一方的な恐怖を煽るだけのものではなく、今あるあらゆる問題が進んだ世界で、主人公が人間として生きていることの実感に戻るまでを描いています。
僕自身はこの作品に携わることで、いつの時代にもある人の悲しみや寂しさを感じるとともに、人の温かみやこの世界にまだ存在していることの喜びに触れるような体験となりました。生成AIなどテクノロジーの止まらない急速な発展に対しても、まだ考えられる共存方法があり、良い方向に転換できる地点に今現在いると思っています。これから我々を取り巻く生活や社会、政治がAIに依存してしまう前に、この映画がある種の気づきや対話のきっかけのひとつになれたらと思っています。
—— 本作の中で描かれる、“自由死” という制度も衝撃的でした。
オランダやカナダなど、10カ国以上の国や地域で安楽死が既に合法化されていますが、果たして今後どれくらい増えていくのか、やはり日本もいずれそうなるのか、とても気になる問題です。
自由死や、生成AIでの命の復元、テクノロジーを使った命の創作、複製なども可能になってくるのかもしれません。そうした未来で儚い生をたどる私たちの死生観はどうなるのか、命に対する倫理観はどうなっていくのか。
時代の流れの中にある社会や制度をそのまま受け入れるのではなく、一人ひとりが道徳をもって生きる喜びを選べるようにあって欲しいです。未来は自分たちの手にあるということをどんな時でも共有したいし、僕自身も実感していきたいと思っています。
俳優としての本心はどこにあるのかを考えさせられた
—— 映画の中で印象に残っているシーンはありますか?
最初にぱっと思い浮かぶのはやはり、VF(ヴァーチャル・フィギュア ※最先端のAI、ARの技術を組み合わせて、仮想空間上に外見だけでなく会話もできるように再現された“人間”とその技術)で蘇らせた亡き母との再会のシーンです。
「母を創る」なんて今はまだ違和感しか感じない言葉ですが、考えると僕も15歳の時に亡くした大好きだったおじいちゃんと、いまだに心の中で対話をすることがあります。亡き人との対話や再会という昔から思い描いてきた人間の夢を、テクノロジーによっていよいよ克服する時が来たということですよね。
そんなすぐそこまでやってきている瞬間を田中裕子さんと演じさせていただいて、亡くなった母を蘇らせてしまったことや、命を創るというこれまで神の力だった領域に踏み入れてしまったこと、そして目の前にいるのが確かに母だけれども、本物の母ではないというあまりに複雑な感情に襲われました。もうまもなくやってくる、でもまだ人類が到達していないシチュエーションとして、これからの人間の哀しみに朔也と母を通して触れてしまったような不思議な感覚でした。
—— 池松さんは役者としての野心などの「本心」を周囲に見せられるタイプですか?それとも秘めるタイプですか?
僕自身が余計に感じることは口にしないタイプだとは思います。あえて秘めているのではなく、聞かれたら答えられます。ですが、その一方でひけらかすことを良いことだとは思っていません。俳優という仕事は、こうして話さなければならない場面が多いですが、結果よりも過程ばかりがもてはやされる現代においてはなおさら、表に立つ場で自ら周囲にそういったことを見せていくことに興味がありません。それは俳優として表現の場を与えてもらっているからだとも思います。
また、俳優は誰かの創作上にあるものを演じているわけで、そこにどれくらい本心があるのかというのも難しいですよね。本心をふせて演じることが素晴らしい俳優とも言われてきましたし、逆に本人の想いや経験を役に乗せて演じることが素晴らしい俳優とも言えます。そういった意味で本作は、俳優として問われるようなタイトルだったなと感じましたし、自分の本心は一体どこにあるのか、朔也と同じように考える時間になりました。
映画の価値や役割とは? 観客を選ばない真の娯楽映画を目指して
—— 目の前の相手の本心について感じとることも難しいですよね。池松さんは監督や共演者とコミュニケーションをとるうえで、普段から意識されてることはありますか?
意識的にやっていることはありませんが、人との関係性の中で、言葉があってもなくても、そこにあるメッセージに対して感じる必要があると思っています。時には相手も気づいていない本心を受け取っていかなくてはならないこともあると思います。それは俳優という仕事において身につけてきたものなのかもしれません。作品に対しても、本質を探るようなコミュニケーションというのは大切だと思います。
—— 一歩引いて観察するような感覚ですか?
俯瞰症とも言えます。心の距離を詰め、どれだけ相手を尊重しながら共同制作の可能性を見つけられるかは常に映画制作のテーマなので、コミュニケーションについては様々考えるところがあります。
—— 多くのクリエイターからラブコールの絶えない池松さん。今後参加してみたい現場や監督像はあるのでしょうか?
時代が大きく変化する昨今。中東やウクライナなど、同じ空の下で信じられないような光景が広がっているなかで、現実の情報や映像がフィクションを遥かに上回ってしまい、映画におけるリアリティが現実に追いついていない印象を受けています。
そうした時代の中で物語や映画というものが、世界に対してどのような役割を果たすことができるのか。そういった問いの結果のひとつとして、近年の『バービー』(2023)や『ジョーカー』(2019)、『パラサイト 半地下の家族』(2019)といった真の娯楽作品が世界で生まれていると感じています。いま一度大衆映画の価値を取り戻すこと、観客を選ばない、精神的にも芸術的にも真の娯楽映画と呼べるものを日本でも目指したいという気持ちは強くあります。
あとは、もっと女性監督の作品に参加したいと思っています。日本にもこれまで優れた女性の監督が多くいますが、業界としては、男性社会に埋没しない、強い女性が生き残れるような環境だったと思います。男性か女性かといった視点ではなく、その人自身で語られるような環境になるべきですし、そのためには男性優位である今の環境を変えていく必要があります。女性男性に限らず、ご一緒したいと思う監督は頭の中に思い浮かびますが、優劣をつけてしまうようで嫌なので、ここでお答えするのは控えておきます。
池松壮亮さんの、いま好きなこと。
このあいだ韓国・釜山に行ったときに食べた韓国料理。韓国は4年ぶりでしたが、変わらずに活気があってとても充実した時間を過ごすことができました。昔ながらの食堂のようなお店が好きで、素朴で優しい味わいがたまりません。そのなかでも今回はプルコギが一番美味しかった。現地で食べる韓国料理ってなんであんなにも美味しいんですかね。
INFORMATION インフォメーション
©︎2024 映画『本心』製作委員会
映画『本心』
『舟を編む』(2013)、『月』(2023)の石井裕也監督が池松壮亮を主演に迎え、平野啓一郎の同名小説を実写化。“リアル” と “リアルではないもの” の境界が今よりもさらに曖昧になった世界を舞台に、亡くなった母の“本心”を知るため AI で彼女を蘇らせることを選択する青年・石川朔也と、彼を取り巻く人間の【心】と【本質】に迫る革新的なヒューマンミステリー。
監督・脚本/石井裕也
原作/平野啓一郎
出演/池松壮亮、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀ほか
11月8日(金)より全国ロードショー