僕は芸人を始めるのと同じタイミングでカメラを始めました。芸歴と同じということなのでかれこれ10年になります。はじめから情熱を持って取り組んでいたわけではなかったのですが、毎日コツコツ撮り続けていたらそれがいつの間にかお笑いの仕事にも繋がり、芸人の間でもカメラを持っているやつだと知ってもらえるようになり、そのおかげで当初より随分と情熱を持ってカメラと向き合うようになった気がします。おおよそですが、舞台衣装上下と靴で1kg、ネタ帳が600g、カメラが2kgです。今振り返ってみるとお笑いに直接関係がないカメラが一番重たく、仕事になるわけでもないのに持ち歩き続けていたのは、特別な何かに惹かれていたからだと感じています。
カメラは、撮りたいと強く惹かれる何かがないと続けるのが難しいものだと思います。今の時代スマホでもすごい画質の写真が撮れますし、わざわざ持つにしてはとても重いのでカメラ熱がないと続けにくい。その点で言うと自分はかなり恵まれたなと感じます。芸人の世界では毎日のように変な光景に遭遇します。奇抜な衣装の人がいたり、日常では考えられないような激しい動きをしていたり、何より関わる人たちがみんな笑っています。そんな人たちに囲まれていたおかげで撮りたいという気持ちが高まって長く続けることができました。もし僕がオフィスで働いていたら、パソコンに向かう先輩たちをパシャパシャ撮っているとは思えませんし、そもそも仕事中にカメラを振り回してはいけません。ありとあらゆる要素が重なってこの立場を許してもらえていることにとても感謝しています。
最近撮らせてもらってとても印象的だったのは座・高円寺という劇場で撮影した阿佐ヶ谷姉妹さんです。お二人の柔らかい空気がとても素敵で、漫才をされる時の衣装もふわりとした揃いのピンクがとても人柄にあっていて惹かれます。シンプルにお二人の漫才もコントも好きなので阿佐ヶ谷姉妹さんのネタが見たくて舞台袖にスタンバイしていた時のことでした。袖にやってきたお二人に挨拶をし、出囃子が流れて飛び出ていく二人。その姿がかっこよくて僕はカメラを構えます。客席に笑顔を向けながらサンパチマイクへ向かっていくのですが、中程で突然エリコさんが立ち止まり慌てた表情になりました。カメラを覗いたまま何が起きたのか見守っていると、エリコさんがミホさんに何か耳打ちをし、舞台袖まで逃げるようにして戻ってきました。何か問題が起きたのかと思い、スタッフの皆さんも心配そうに近づきます。何が起きたのか聞くと、エリコさんいわく、出囃子が鳴って飛び出たけど舞台に出た瞬間に本当に自分の番だったかわからなくなった、とのことでした。うっかりド忘れして戻ってきてしまったお二人のその時間があまりに天真爛漫で純粋無垢で客席も袖も柔らかいピンク色に包まれました。僕はカメラを持っていたおかげでその間ずっと撮り続けられましたし、どんな時でも持っていて本当に良かったと思いました。
写真には前後を想像させる余白があり、その余白で実際にどうだったかだけではない新たな思い出が生まれます。高円寺でのお二人をもしスマホの動画で撮っていたら、自分で見返した時に余韻や周りの人の感情を想像していなかったかもしれません。全てを残すのではなく瞬間を残すことでより強い思い出になることがあり、スマホではなくカメラをわざわざ持っていることで、持っていて良かったという気持ちも生まれます。荷物になりますし非常に邪魔な瞬間もありますが、生活の中に起こる感情の変化が1.5倍になるようなこの感覚を僕は体験してもらいたいです。ちなみに今は、カメラ用のキャリーケースでカメラ、レンズを持ち歩いているので毎日の荷物にプラス5kgです。ど根性。
かが・しょう 1993年5月16日生まれ、岡山県出身。2015年に賀屋壮也とお笑いコンビ・かが屋を結成。タイムマシーン3号・関太と空気階段・鈴木もぐらを撮り下ろした『まあるいふたり』(小学館)が発売中。
※『anan』2024年10月9日号より。写真、文・加賀翔
(by anan編集部)