ロンドンで行われた『マッドマックス:フュリオサ』(公開中)のレッドカーペットで“神(GOD)”と熱い抱擁を交わした。Zoomでは何度もやりとりをしてはいたが、直接会うのは7年ぶり。神は79歳、僕は60歳になっていた。僕が神の存在を知ったのは、44年前のことだ。
高校1年生の時、テレビである映画の特番が放送された。紹介されたのは、無名の監督による『マッドマックス』という映画。近未来のオーストラリアの荒野で壮絶なカーアクションを繰り広げる物語だった。公開初日、僕はひとり大阪梅田まで足を延ばして観に行った。圧倒された。オーストラリア映画はもとより、こんなにも渇いたバイオレンスは観たことがなかったからだ。これは単なるアクション映画ではない! 映画小僧だった僕は、映画を超えた“神話”に出会ったのだ。ラストのマックス・ロカタンスキーを真似て片脚を引き摺りながら、売店でパンフレットを買った。そこで初めて、神の名前と貌を知った。それが神――ジョージ・ミラーとの出会いだった。
それから、神が関与する映画は『マッドマックス』を含め、日本で鑑賞出来るものは可能な限り観た。最も好きな映画でもある『マッドマックス2』は、リバイバル上映される度に、必ず観に行った。ビデオやDVD、BDが出る度に購入し、定期的に観直している。独特の世界観、物語、キャラクター、哲学、アート、演出。それらが僕の体内に染み込み、全身の細胞に行き渡り、僕の物創りに影響を与えてきたのは疑いようがない。神の作品は物創りの“バイブル”なのだ。
9年前の2015年は、僕にとって、人生で最も辛い時期だった。あまりの心労で体重は10キロ以上も落ち、心身共に疲弊していた。そんな折、新作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の公開時に来日するジョージ・ミラー監督との対談企画が持ち上がった。僕は『マッドマックス2』に登場するヴィランの“ヒューマンガス”(注1)のTシャツを着て、神との対談に挑んだ。初めて対面した神は、あの狂気の世界観からは想像も出来ないくらい知的で、優しい人だった。息子さんが僕の大ファンであるとかで、僕のこともリスペクトしてくれていた。神は、『ベイブ』(注2)や『ハッピー フィート』(注3)の様なCG作品にも携わったデジタル映像の先駆者。僅か数分で幼馴染の様な親密感を覚えた。映画の話題だけに留まらず、お互いのクリエイティブの根幹と魂までを共有し合った。日本公開時に買った『マッドマックス2』のパンフレットにもサインを貰った。ガス欠状態だった僕は、神から大量の“ガソリン(Guzzolene)”(注4)を注入してもらった。これが、ミラー監督とのSAGAの始まりだった。
2017年の3月、素敵な夜景の見えるシドニーのレストランで神と再会した。そこで、自分が独立したことと、スタジオの立ち上げタイトルである『DEATH STRANDING』の企画の趣旨を伝えた。神は、聴き終わるやいなや、紙ナプキンに数式やら図式を書き出した。そして、こう答えた。「小島さん、あなたの作品は、数学的、物理学的、心理学的、人類学的、哲学的に、既に成功している。あなたは正しい道を歩んでいます。おめでとう!」と。コナミを辞め、独立して不安に苛まれていた僕は、神から“ガソリン”をまた貰った。「この道を進んで、間違ってはいない」と、再び勇気づけられたのだ。
そこからは、Zoomで物創りの話をしたり、対談をしたり、近況を報告し合ったり、さらには僕のドキュメンタリー映画『HIDEO KOJIMA:CONNECTING WORLDS』(注5)や『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』(注6)にも出演してもらったりもしている。
ロンドン・プレミアでのジャンケットの最終日、ミラー監督と対談をした。その最後に、また新たなる神話を創造してくれた神に、僕は感謝の言葉を述べた。
「ジョージさんは、(『マッドマックス:フュリオサ』に登場するジャックのように)僕のメンターなので、今後もずっと映画を創り続けてください。僕はあなたの背中を見ながら、後に続きます」
と、ジャックの例えを理解したミラー監督は、満面の笑みを返してくれた。
「Ah, that’s wonderful that you say that.」
(そんな風に言ってもらえて、とてもうれしいよ)
「Because when I see Death Stranding, and I see the work you did...」
(『デス・ストランディング』を観れば、小島さんのことがよくわかる)
「I feel like a brother, a creative brother.」
(私たちは、まるでクリエイティブな兄弟みたいだね)
ジョージさんが“SAGA”を創り続ける限り、僕も物創りの“ロード”を走り続ける。そこには、“狂気(MAD)”も“怒り(FURY)”もない。老いても、並走し続ける“漢たち(ROAD WARRIORS)”がいるだけだ。
注1:ヒューマンガス 『マッドマックス2』に登場する、金属のマスクを装着したカリスマ的悪役。演じたのはシェル・ニルソン。
注2:『ベイブ』 ’96年公開のクリス・ヌーナン監督作品。ジョージ・ミラーは製作・脚本を担当。子豚のベイブが史上初の牧羊豚になろうと奮闘する姿を描いた。
注3:『ハッピー フィート』 ’07年公開のミラー監督作。音痴だがダンス上手なコウテイペンギンの子供・マンブルが、故郷を離れて繰り広げる冒険を通し、自分の生き方を見つけていく物語。
注4:Guzzolene ミラー監督が考えた2つの単語を組み合わせたポートマント語。これは「貪欲に飲む」という意味の「guzzle(ガズル)」と「gasoline(ガソリン)」を巧みに組み合わせたもの。
注5:『HIDEO KOJIMA:CONNECTING WORLDS』 小島秀夫の幼少期のエピソードや『DEATH STRANDING』制作の風景などを追いかけたドキュメンタリー映画。ディズニープラスで配信中。
注6:『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』 コジマプロダクションが開発中の新作ゲーム。
ジョージ・ミラー監督との対談は、YouTubeで公開中!
https://youtu.be/HJ7_3uk6HTw
今月のCulture Favorite
映画『ボーンズ アンド オール』などへの出演で知られる俳優のテイラー・ラッセルさんと。
ジョージ・ミラー監督とのツーショット。
津田健次郎さん、水樹奈々さんと。
こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。
「The Game Awards 2023」にて発表した、最新作『OD』の公式ティザートレーラーが、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。https://youtu.be/j1pnFI1r8N0
『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』の第2弾トレーラーが公開中。https://youtu.be/vtvQHMHXn4g
先日、完全新作オリジナルIP『PHYSINT(Working Title)』の制作を発表。https://youtu.be/WjPc9QI3hjY
★次回は、2408号(2024年7月31日発売)です。
※『anan』2024年7月10日号より。写真・内田紘倫(The VOICE)
(by anan編集部)