撮影現場は新宿のとあるビルの屋上。冬の晴れた空の下、椅子や床でポーズをとる窪塚愛流さん。スラリと背の高い体と少し子供っぽさが漂う表情のバランス、そしてひとつひとつ言葉を吟味しながら語る澄んだ瞳が印象的な、現在20歳の俳優です。
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――小学生の時、お父様(窪塚洋介さん)の映画の撮影現場に遊びに行きスカウトされ、俳優の世界に入ったそうですね。もともと演技に興味があったのですか?

窪塚愛流さん(以下、窪塚):はい。憧れの職業でした。小さい頃から僕は、何かになって遊ぶ、いわゆる“ごっこ遊び”が大好きで。幼稚園くらいの時だったと思うのですが、アニメに感化され、アニメキャラが使う技を本当に使えると思い込んでいた記憶があって(笑)、僕も実際に友達と一緒に、自分で考えた技を公園とかで披露していました。子供ってみんなそんな感じですよね。ただ僕は、なりきることよりも、“なりきって技を繰り出す自分を友達に見てもらうこと”のほうが楽しかったんです。だから、僕が俳優に憧れた原点は、子供の時のごっこ遊びにあるんじゃないのかな、と思っています。

――まさに夢が叶ったんですね。実際芝居が仕事になって、楽しいですか?

窪塚:う~ん…、楽しく…、楽しい気持ちでやろうとは思っているのですが…。最初は、憧れていた経験をさせてもらえていること自体が楽しかったのですが、なんかこう、難しさのほうが大きくて。ただただ、がむしゃらに走っているような感じでした。もちろん今もそういうところはあるのですが、少しずつ感覚が変わってきた感じはあって。

――きっかけになった出来事や作品がありました?

窪塚:いま思うと、2022年に『差出人は、誰ですか?』というドラマに出演させていただいた時に、カメラに映っていない場所でも、もっと努力できることがあるんじゃないか…と考えていた記憶があるので、そのあたりかな。そのあと、去年『最高の教師1年後、私は生徒に■された』のドラマで、たくさんの同世代の俳優と共演できたことが、さらに大きな経験として残っています。今まで自分が感じたことがない、良い緊張感に満ちた現場で、そんな中で同世代のライバルたちと芝居をすることが、とても楽しかった。

――あのドラマは、子役出身や現役アイドルなど、いろんな背景を持っている若い役者さんが勢ぞろいしていましたよね。

窪塚:はい、全員が僕が持っていないものを持っていたからとても勉強になりました。そんな人同士が本気でぶつかり合うことで起こる“芝居の化学反応”を、19歳の僕が体験できたことは、本当によかったと思います。たぶんあの現場で見た景色や感じた雰囲気は、生涯忘れない気がします。他の作品の撮影に入る時にちょっと彼らの顔が浮かぶんです。その面影は僕の背中を押してもくれるし、また同時に“負けたくない”っていう気持ちを呼び起こしてもくれる。今の僕にとってあのドラマは、気合の源みたいな感じです。

年齢も育った環境も違う役、理解できるか、不安だった。

――昨年はドラマ出演が多かった印象がありますが、今年は出演映画がいろいろ公開されますね。もうすぐ、北海道が舞台の『愛のゆくえ』が封切られます。

窪塚:この作品は2年前の冬に撮影をしていて、当時18歳の僕が、14歳の中学生を演じているのですが…。出演依頼をいただいた時は一番そこが心配でした。当時から僕はわりと背が高かったので、果たして14歳に見えるのかなっていう。宮嶋風花監督にも相談したんですが、「年齢は変えられないので、14歳でお願いします」と言われてしまい…。

――拝見しましたが、14歳の、思春期の入り口のなんともいえないトゲトゲした感じが、ものすごく滲み出ていた気がしました。

窪塚:え、本当ですか? それならよかった…(笑)。僕が演じた宗介は、両親からの愛をあまりもらうことができずに育ってきた少年で、そこが僕とは真逆だったんです。僕は両親から愛をたくさん注がれて育ってきたので、どうやって彼の気持ちを理解すればいいのかわからなかったし、そんな彼にどのくらい寄り添えるのか、難しいなと思いながら演じていました。

――ちなみに窪塚さんは14歳の頃、どんな少年でした?

窪塚:僕、14歳からちょっと背伸びするようになったんです。ヘアワックスとかへアスプレーを初めて買ったのは14歳だったし、初めての香水をドン・キホーテで買ったのも14歳。あとヴィレッジヴァンガードで、ちょっとレンズが紫がかったダテメガネも買いました(笑)。14歳って、若干おしゃれを意識し始める年齢ですよね。母に、門限を遅くしてくれって初めて頼んだのも14歳だったかな…。断られましたけど(笑)。

――この映画は、真っ白な雪景色が印象的な作品です。北海道での撮影はどうでした?

窪塚:東京を離れて映画に集中することも初めてで、北海道に行ったのも初めてだったんです。思った以上に雪が白くて、光の反射で目がしょぼしょぼしてしまい、最初の頃は眩しさに気を取られて、カメラテストなのに全然集中できませんでした(笑)。撮影前に、ホテルの部屋で、窓の外の雪景色を眺めながら改めて脚本を読んでみると、東京で読んでいた時よりもスッとセリフが自分の中に入ってきました。そういう感覚は、初めての経験でした。あと、雪の中、道なき道を歩くようなシーンもあったので、肉体的には今までで一番過酷でした。

――映画の中の2年前のご自分の演技、現在20歳の窪塚さんにはどう見えました?

窪塚:いや、あの、当時の自分はもちろん精一杯やっていたんですけれど…いま見ると、ここはこうしたほうがよかった、とか、こんなこともできたのでは、とか、気になるところはたくさんあります。でも、こういう少しシリアスなテーマの作品に参加できたことは、俳優として大きな糧になったと思います。両親への感謝も改めて感じました。あの、ちょっと話が飛んじゃうんですけれど、自分にもし将来子供ができたら、僕はどんな時でもその子のことをとことん愛そうって思いました。

――先ほど、ご自身はご両親から愛をたくさんもらって成長してきたとおっしゃっていましたが、どんな言葉をかけられたとか、覚えていることはありますか?

窪塚:母は、昔からずっと、言葉と行動ではっきり愛を伝えてくれます。いま僕は一人暮らしなので、たまに母に会うと、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫で回してくるので、僕は「やめろよ~」とか言って手を押しのけたりします(笑)。父は、僕が大人になってからは、そんなにストレートに愛情を表現してくれなくなりましたが、いつも僕を送り出す時に、「楽しんで」と言ってくれるんです。学校に行く時、友達と遊びに行く時、仕事に出かける時など、いつでもその言葉をかけてくれる。僕にとってその言葉は、たとえどんな状況だとしても、せっかく生きているんだから楽しまなきゃ、と自分を奮い立たせてくれ、気合を入れてくれる言葉です。ただやるのではなく、楽しむ。それが僕の人生のモットーかもしれません。

映画『愛のゆくえ』は、北海道で暮らす幼馴染みの愛(長澤樹)と宗介(窪塚)の物語。14歳の宗介は父を亡くし母とも別離し、同じ年の愛と、愛の母と3人で暮らしていた。しかし愛の母親が亡くなり、その生活が崩壊。愛は東京に引っ越すことを余儀なくされ…。孤独な少年少女の、喪失から再生までの姿を描く。3月1日より全国順次公開。

くぼづか・あいる 2003年10月3日生まれ、神奈川県出身。’18年に映画『泣き虫しょったんの奇跡』で俳優デビュー。これまでの出演作に、ドラマ『差出人は、誰ですか?』『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』、映画『劇場版 君と世界が終わる日に FINAL』などがある。昨年、父親で俳優の窪塚洋介さんと共演したCMも話題に。

ジャケット¥75,900 トップス¥63,800(共にOUR LEGACY/エドストローム オフィス TEL:03・6427・5901)

※『anan』2024年3月6日号より。写真・渡辺宏樹(TRON) スタイリスト・上野健太郎(KEN OFFICE) ヘア&メイク・中山八恵

(by anan編集部)

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