アンソロジーやロマンスは、始めの一歩にぴったり。
声優であり、日本SF作家クラブ前会長でもある池澤春菜さん。時空系入門編としてもおすすめの小説を紹介してもらうと、
「“時空”で括ると膨大な作品数があるので、まずは“時間”で絞りましょう。そして入門編には、複数の作品が一冊にまとまっているアンソロジーが読みやすいと思います。1編が短く、すぐに読み切ることができ、合わなければ次にいくこともできるので。また、タイムトラベルは、ロマンスと相性がいいという側面もあります。『ロマンティック時間SF』というサブジャンルがあるほどなので、そういった恋心をくすぐるような作品から入るのも一手では」
時空系エンタメの中でも、小説が映画やアニメと決定的に違うのは、ビジュアルがないところ。
「そのぶん、より大きな世界を描けるのが、小説の魅力だと思います。読者も頭の中で、イメージをどんどん膨らませることができる。一番遠くまで連れてってくれるメディアが小説かもしれません」
『夏への扉〔新版〕』
ロバート・A・ハインライン 著 福島正実 訳
ハヤカワ文庫SF 924円
タイムトラベル小説の王道。猫好きの人はなおさら必読。
時間を行き来する小説を読むならまずはこれ、といわれるほど、SFファンに愛されている王道かつ不朽の名作。発明家のダンは親友と恋人に裏切られ、ある思惑から愛猫のピートと冷凍睡眠につくことを思いつくが…。「タイムトラベル小説の中には、科学性が強く難解なものもありますが、これは人間同士のドラマなど情緒的な物語がメインなので、普段SFを読まれない方もなじみやすいはず。それでいて、時間の移動により、元の世界の自分をいかに救うかなど、時空モノ特有の魅力も詰まっている。そして何より猫ちゃんがかわいいので、猫派にはたまらないのでは」
『金色昔日【こんじきせきじつ】―現代中国SFアンソロジー』
ケン・リュウ 編 中原尚哉ほか 訳
ハヤカワ文庫SF 1518円
超大作『三体』にいく前に短編ではずみをつけよう。
SFになじみはなくても、世界中で大ベストセラーとなっている中国の小説『三体』のタイトルを、聞いたことがある人は多いはず。「時空モノとしても『三体』は最高峰ですが、かなりの長編なので、入門編としてはハードルが高いかも。そこでおすすめしたいのが、『三体』の著者である劉慈欣(リュウ・ジキン)の短編『月の光』も収録された、現代中国SFアンソロジー。『月の光』は、ある男が未来の自分からかかってきた電話の指示に従い、未来を変えようとする物語。読者を思いがけないところまでぶっ飛ばしてくれる、劉慈欣作品の爽快感の一端が体感できます」
『時間SF傑作選 ここがウィネトカなら、きみはジュディ』
大森 望 編 テッド・チャン、クリストファー・プリーストほか 著
ハヤカワ文庫SF 1034円
本格的なハードSFの名手も耽美な切り口で軽やかに。
SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーという、タイムトラベル小説における選りすぐり間違いなしの一冊。「私がおすすめしたいのは、テッド・チャンの『商人と錬金術師の門』。彼はドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『メッセージ』の原作となった小説『あなたの人生の物語』の著者で、バリバリのエンジニア系のハードSFを書くことで知られています。そんな中でも『商人と錬金術師の門』は、アラビアンナイトの世界を舞台にしたロマンティックな物語。もちろん現代物理学に矛盾なく、タイムトラベルの醍醐味を軽やかに味わえます」
『時の娘 ロマンティック時間SF傑作選』
ジャック・フィニイ、ロバート・F・ヤングほか 著 中村 融 編
創元SF文庫 1012円
時間SF×ロマンティックの相性のよさが堪能できる。
時間SFにロマンスが掛け合わさった小説の傑作選。このジャンルの名手であるジャック・フィニイやロバート・F・ヤングなどの、9編の短編が収録されている。「この中でとくに読んでもらいたいのは、やはりロバート・F・ヤング。『時が新しかったころ』という、恐竜の調査をするため白亜紀にタイムトリップをした男性の物語です。そこで彼は、その時代にいるはずのない人間の男の子と女の子に出会って…。これがどこでロマンティックに繋がるかというところが、この作品のキモ。最後に大どんでん返しがあり、それに気づいた時に“キュン”となります」
『タイム・リーパー』大原まり子 著
ハヤカワ文庫JA 847円(電子書籍版)
空飛ぶ車あり、超能力あり。“未来”の2018年へトリップ。
1988年、銀行員の徹は、恋人の目の前で交通事故に遭い、目覚めるとそこは30年後の2018年で…。「2023年の今となっては、2018年は過去の世界。でも、作品の中では、車が空を飛び、機械の体が無限のパワーを持ち、超能力が一般化している。それだけにとどまらず、世界はさらに広がり、複雑で美しい構成を見せます。一方で、時を超え、不可能を可能にすることができても、どうしても変えられないものがある。だからこそ愛おしいものは何か、読みながら考えてみてほしい。大原まり子さんはこうした世界観を、大胆かつ繊細に描くところが魅力です」
時間旅行者(タイムトラベラー)の系譜『紅玉(ルビー)は終わりにして始まり』
ケルスティン・ギア 著 遠山明子 訳
創元推理文庫 1078円
胸キュン満載で乙女心がジェットコースター状態!
グウェンドリンは、ロンドンのハイスクールに通う女の子。タイムトラベラーの遺伝子を持つ一族に生まれたが、その能力がいつ開花してもいいように準備にいそしんでいたのは、いとこのシャーロット。ところが、何の準備もしていないグウェンドリンのほうが、過去に飛ばされてしまい…。「基本的にはヤングアダルトなので、キュンキュンする展開が満載です。飛ばされた先でギデオンという美男子に出会いますが、自信過剰で第一印象は最悪。そこから少しずつ恋心が芽生え…。三部作、全4巻の中で、謎あり、ロマンスあり、冒険活劇あり。とても楽しい作品です」
『青玉は光り輝く』ケルスティン・ギア 著 遠山明子 訳 創元推理文庫 1210円
『比類なき翠玉』(上・下)ケルスティン・ギア 著 遠山明子 訳 創元推理文庫 各968円
『時の町の伝説』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 著 田中薫子 訳
徳間書店 1870円
人違いされた少女の運命は? 広げた風呂敷の畳み方が見事。
主人公は11歳のヴィヴィアン。1939年、彼女は疎開列車に乗っていたが、「時の町」の破滅を招くという伝説の女性「時の奥方」と間違われて、不思議な少年にさらわれてしまう。「作者のダイアナ・ウィン・ジョーンズは非常に優れた児童文学作家で、日本では『ハウルの動く城』の原作者というとわかる人も多いのでは。本作の舞台となる『時の町』には、甲冑姿の人や未来人など、いろんな時の人が存在します。そこで秘密をめぐるドタバタなどが巻き起こり、こんなに風呂敷を広げて大丈夫!? と思いきや、きれいに畳んでくれるところが気持ちいい。一気読み必至です」
『ドゥームズデイ・ブック』(上・下)
コニー・ウィリス 著 大森 望 訳
ハヤカワ文庫SF 各1210円
過去の世界でウイルスに感染! 無事、現代に戻れるのか…。
オックスフォード大学史学部の学生キヴリンは、実習の一環として念願の14世紀にタイムスリップ。しかしそこは、疫病が蔓延するなどイギリス史の中でも最も危険とされる時代。彼女は到着と同時に、病に倒れてしまう。「コニー・ウィリスの作品は、時間を行ったり来たりするドタバタが多いのですが、本作はわりと深刻。『ドゥームズデイ』とは、『最後の審判の日』という意味です。ウイルスに感染したキヴリンは現代に戻ろうとするものの、そちらでもトラブルがあり、戻るに戻れない。コロナ禍を経験した今読むと、その緊迫感が一層身に染みるのではないでしょうか」
池澤春菜さん 声優。代表作は『ONE PIECE』のケイミー、『ふたりはプリキュア』のポルンなど。読書家としても知られる。著書に『SFのSは、ステキのS+』(早川書房)。
※『anan』2023年10月4日号より。取材、文・保手濱奈美
(by anan編集部)