鳥屋と元役者のバディが謎を解く。歌舞伎に材をとるエンタメ時代小説。
「『化け者心中』は新人賞に応募するために書いたので続編は考えていませんでした。でも選考委員の辻村深月さんが“シリーズ化を期待”と書いてくださり、読者の方々も“二人のその後が気になる”との声をくださいまして。私も書かせていただけるならぜひという気持ちでした」
前作で紆余曲折の末、バディ関係が育まれた藤九郎と魚之助。今回二人に持ち込まれた事件は、芝居がはねた後、客席で首が折られ両耳から棒が突き出た死体が見つかるという不気味な見立て殺人事件。これは鬼の仕業なのか――。
「前作と同じく鬼が存在する世界という前提で謎を作りました。今回は従来のミステリーとは少し違う角度から突いてみたいなと思いました」
調査の過程で被害者の死を嘆き悲しむ人を騙してでも情報を得ようとする魚之助に、心優しい藤九郎は反発をおぼえる。
「前作の最後で二人はうまくいったように見えますが、読み返して、“そううまくいくかな”とちゃぶ台をひっくり返したくなりました(笑)。謎解きに集中してしまうと人の感情をないがしろにするような、探偵の人間性の問題も書きたかった。それは芸道にも通じるなと思って。役者も、芸に秀でていれば倫理観がちょっと外れていても許されるところがある。それともうひとつ、恋というものも、思いをとげるために倫理観を置き去りにするところがあるなと思い、それらが全部絡んでくる話になりました」
さらには歌舞伎の演目を通し、実在した人物を物語化する際の倫理問題も突きつける話になっている。
「魚之助にはモデルとなった実在の役者がいますし、私自身、現実にいた人を面白おかしく書いている部分は否めません。本人はどう思うのだろうと考えたこともありました。なので今回は執筆する際、静岡県に行って、作中に登場する人物のお墓参りをして“すみません”と拝んできました」
本作を読めば、誰のお墓を訪ねたのかわかります。
蝉谷めぐ実『化け者手本』 文政の江戸。鳥屋の藤九郎と元女形の魚之助は、芝居小屋の客席で奇妙な死体が見つかった事件の調査を始める。やがて第二の事件が…。KADOKAWA 1980円
せみたに・めぐみ ’20年『化け者心中』で小説野性時代新人賞を受賞しデビュー。同作で日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞、『おんなの女房』で野村胡堂文学賞、吉川英治文学新人賞受賞。
※『anan』2023年9月6日号より。写真・土佐麻理子(蝉谷さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)