小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○●を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○●」。第4回目のテーマは「個性を“ オーダーメイド”する」です。

トライベッカ映画祭(注1)で、ドキュメンタリー映画『HIDEO KOJIMA ‐ CONNECTING WORLDS(注2)』がワールドプレミア上映されるという。そこで、久しぶりにスーツに袖を通してみた。ところが、前ボタンが締まらない。太った? この間、スーツを着たのは、昨年の芸術選奨文部科学大臣賞の授賞式だったか。これでは登壇出来ない。痩せるか? あるいは、新調するか?

スーツは、もともと立襟式の軍服から派生した。個を埋没させ、集団統制と画一化を目的にしたもの。その後、第一ボタンを外し、立襟を外側に折り返した民間用が、一般化して現在のスーツに。つまり、軍服も学生服もセーラー服もスーツも、“個”を縛る為の鎧ということになる。

僕の父親は高度成長期に“企業戦士”と謳われた昭和のサラリーマンだった。春夏秋冬、ダークスーツにワイシャツ、ネクタイを締め、疲弊した革靴を履いては、家と職場を往復するモノクロな毎日。だから、スーツという鎧を纏う仕事を選ぶのには抵抗があった。公立の詰襟の制服を中高と纏わされていたせいもある。ゲーム業界に入った理由のひとつは、ラフな私服で通勤出来るからだった。

しかし、日本では制服やスーツを纏わない私服ワーカーだと、遊び人の“不良オヤジ”として分類されてしまう。ジーパンにTシャツ、スニーカー姿なのに、学生でも定年退職者でもない中年の私服姿。

30代、40代の頃、終電を逃すと、タクシーを拾って深夜に帰宅した。乗車早々、「飲み会ですか?」と不躾な態度で聞かれる。「仕事の帰りです」そう答えると「お互い大変ですね」と労いの言葉が返ってくる。それでも「お客さん、テレビ関係の人?」と、服装への偏見は生きたまま。ところが、これがスーツ姿となるとまるで違う。「お仕事、遅くまでお疲れ様です!」と、お礼まで言ってくれる。どうやらスーツは、「勤勉な日本国民」という社会的認定証のかわりになるらしい。

コナミ在籍時は、役員会や経営会議、本社でのグループ会議と、月1ペースでスーツを引っ張り出していた。たまに纏うと、不思議と世界が違って見える。周囲の反応や態度が変わるのだ。だから、スーツで出勤した日は、普段は味わえないサラリーマン気分を満喫するよう努めた。行きつけのカフェでは、いつもは声をかけてこないお姉さんに「今日は素敵ですね」と褒められる。六本木の繁華街を歩けば、私服だと絶対に近寄っては来ない客引きの女性に肘を掴まれる。外来で医者にかかれば、いつもより丁寧に診てくれる。ネクタイを緩めてカラオケで流行歌を唄い、酩酊して山手線の吊り革にぶら下がる。マスに紛れ、自分をスーツに隠す。僕は“ソーシャル・ステルス”と呼んだ。

ただオーダーメイドのスーツに頼るようになってから、それは間違いかも? と思うようになった。スーツのライン、デザイン、生地、色、ボタン。組み合わせは無限。スーツ創りは、完成図を頭に描きながら、細部を組み合わせていくクリエイティブな行為だ。個性を消し去るのでなく、ある秩序(ルール)の下で、自分らしさを如何に埋め込むかの勝負。まさに現代の社会で生きる我々の姿ではないか。

数年ぶりに訪れたテイラーで今回、選んだ素材はこれ。ジャケットは、骸骨のカモフラ柄がストライプの間から垣間見える布地。下襟(ラペル)部分とズボンは、虎の顔が透かしで入った布地。裏地(ライニング)は、薔薇と骸骨のカラフルな柄布。フロントボタンは、2ボタン。裾はスリム用のセンターベント。

トライベッカ映画祭当日。楽屋に出演者が顔を合わせた。前説を行うのは、朋友ニコラス・W・レフン監督。いつものように上から下まで新調のプラダでキメてきた(彼はプラダのアンバサダー)。上映後のQ&Aの司会役は、親友ジェフ・キーリー。そしてドキュメンタリーの監督は、僕の音楽の友グレン・ミルナー。彼らもこの特別な夜の為に、思い思いのオリジナル・スーツを新調してきた。

3人の朋友たちと舞台に上がる。スーツメンは、画一性をもたらすどころか、それぞれの個性を引き立てるかのように、気ままに振る舞う。やがて4つの個性は、持ち寄った鎧を纏ったまま、壇上でひとつになる。その様は、セッションを演奏するバンドマンそのもの。こんなスーツなひとときも、気持ちいいものだ。もっと好きになってもいいかも。

新しいもの、自分だけのものをオーダーする。そこに発見がある。人生も同じだ。

注1:俳優のロバート・デニーロらによって設立された、ニューヨークで行われるインディペンデント映画祭。今年は6月7日~18日に開催された。
注2:小島監督の幼少期のエピソード、独立スタジオの設立、『DEATH STRANDING』完成までの創作過程などに迫ったドキュメンタリー映画。

今月のCulture Favorite

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『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』などを手掛けた映画監督のアリ・アスターとの2ショット。

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トライベッカ映画祭のために仕立てたオーダーメイドスーツ。

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トライベッカ映画祭ワールドプレミアにて。『ドライヴ』などで知られる映画監督ニコラス・W・レフン、「The Game Awards」の主催者でもあるジェフ・キーリー、今回のドキュメンタリーの監督を務めたグレン・ミルナーと。

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こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。コジマプロダクション代表。’87年に初監督作『メタルギア』でデビュー。独立後初となるタイトル『DEATH STRANDING』が世界で大きな話題を呼んだ。現在、その続編となる『DEATH STRANDING 2』の制作中。ドキュメンタリーフィルム『HIDEO KOJIMA ‐ CONNECTING WORLDS』の予告編が、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。https://youtu.be/AfjElfbj_mo

★次回は、2364号(9月13日発売)です。

※『anan』2023年8月16日‐23日合併号より。写真・内田紘倫(The VOICE)

(by anan編集部)

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