ありそうでなさそうな1対1の絆。各編に漂う空気感にはまる人、続出。
「1話めの『海はいかない』は、編集さんとの打ち合わせのときに、大人になってから出会った人と仲良くなることって、ちょっとめずらしいしワクワクするよね、というところから物語が広がっていったような記憶があります」
女性ふたりの距離感とテンポのいい会話の妙に痺れる短編。女性会社員の高森は、社外の女性とひょんなきっかけで、休憩所でおしゃべりする仲になる。何も起きない夏なのに、やけに思い出深いものになりそうな、ガール・ミーツ・ガールの秀作だ。
「私も会社員時代に、しゃべったことはないものの、なんとなく顔見知りという別の職場の人がいました。私には話しかける勇気はなかったですが、思い返すと、あのふたりみたいに話すことができたら楽しかったのかもしれないですね(笑)。高森たちはこの関係がずっと続くとも思っていないでしょう。それでもこの出会いの特別感はうらやましいなと。自分の憧れを描いた感じです」
表題作は、石川青年が父の葬儀で幼なじみと再会したことからストーリーが動いていく。父権的な父親が亡くなり、母親の口からこぼれたひと言に傷ついた石川。家族の難しさと無二の友情の描き方が繊細で、読者を揺さぶる。
「彼らは20年来の幼なじみで、疎遠だった時期もあります。だけど、ここからここまでが友情というように、パチンとスイッチが切り替わるわけではないんじゃないかと。長く一緒にいるからこそグラデーションな関係性を振り返ることができる。それこそが、かけがえのないものかも」
なんといっても感服するのは、田沼さんの抜群のネームセンスだ。〈夏なのに勤労で日々が溶けていく…〉〈行動こそが人生をつくるとだけ言っておきますよ〉等々、ハッとさせられる名フレーズが随所に。
「作品に取り掛かる前に、ヒントを求めてスマホのメモをスクロールしつつ眺めたりすることもあるのですが、実際はほとんど使えないですね。でも『こんなことを考えていたのか』という発見もあって、それが取っ掛かりになったり」
商業誌掲載されたのはデジタル作品だが、同人誌時代のアナログの雰囲気を踏襲しているそう。
「生活感を描くのが好きなんですね。それと余白を大事にして抜けをつくることにはこだわっています」
田沼 朝『四十九日のお終いに 田沼朝作品集』 男×男、男×女、女×女、男×かかと(?)など、描かれるのは、基本、1対1の関係。誰かと出会ったり、誰かがいなくなったりの、小さな変化を見つめる。KADOKAWA 814円 ©田沼朝/KADOKAWA
たぬま・あさ 大阪府生まれ。2014年より同人活動を始め、’21年5月商業誌デビュー。本作と、現在『ハルタ』連載中の『いやはや熱海くん』1巻が同時刊行。
※『anan』2023年4月5日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)