応募数が史上最多だったという第57回文藝賞。受賞作『水と礫(れき)』の著者が藤原無雨さん。物語世界を屹立させるディテール豊かな描写にも圧倒されるが、なんといっても構成の妙が光る。ある男の半生を反復させることで時空を押し広げ、一族のサーガとして描き出してみせた。筆力の高さを、これ一作で証明した。

体内に溜まった水を乾かす旅は、時空を広げ一族のバトンを語り出す。

book1

「核となる物語に過去と未来をどんどん足していき、さらに圧縮していったらどうなるのか。そんな興味から出発したんです」

核となる物語というのはこうだ。

東京でドブ浚いの仕事をしていた青年クザーノ。取り返しのつかないミスで職場にいられなくなった彼は、やむなく故郷に戻ってくる。しかし、故郷にも居場所はなく、〈東京から運んできた悲しい水分を全部蒸発させ〉たいと願うように。クザーノは、先に砂漠へ旅立った弟分・甲一の後を追い、やがて砂漠の向こうの町にたどり着く。「1」「2」「3」と続いてきた物語は、再び「1」にループするが、見えてくるクザーノたちの生活は、ループするたびに少しずつ違うエピソードが足され、一族の来歴が具体的になっていく。

「クザーノの息子がコイーバで、父親はラモンで、さらに孫や祖父も登場してくる。誰にフォーカスされるかは運動性に任せているところがあります。繰り返しといっても、書き始めが違えばプロセスは変わっていき、内容も変わっていくのが自然。指がキーボードを何度も往復し、僕自身も知らない物語を紡ごうとしているような感覚で書いていました」

クザーノをはじめ、一族の男性の名前は葉巻から取った。

「クザーノ ドミニカン コネチカット チャーチルとか、ロメオ イ フリエタとか。この作品を執筆中、葉巻に凝っていたので(笑)」

タイトルにある礫は、石の砂漠=礫砂漠を意味する。

「東京の水が体内に溜まって…という感覚は僕自身の実感なんです。小説を書くにあたって、いろんな湿度のようなものと闘っていかなくてはいけないと思っています。最初に水があれば、礫は最終地点にならざるを得ない。砂の砂漠は憧れなんですが、礫砂漠は憧れを超越している。そんな物語が書けたかなと」

次回作も、固定観念を覆すような実験的な作品になるらしい。

book2

『水と礫』 ラクダのカサンドルと出た砂漠への旅路。砂漠の向こうにある、生まれ故郷とニアリーイコールな町に居着いたクザーノは…。河出書房新社 1400円

ふじわら・むう 作家。1987年、兵庫県生まれ。他の作品に、マライヤ・ムー名義の共著『裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する』(一迅社)がある。ふだんはシガリロ(小型版の葉巻)を愛煙。

※『anan』2021年2月17日号より。写真・橘 蓮二(藤原さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)

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